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降りる場所を間違えたら rw+8,103

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今でも忘れられない。とても怖くて、不思議な体験だ。

一年半ほど前、私がまだOLとして働いていた頃の話になる。

毎日のデスクワークに疲れ切っていて、帰りの電車では終着駅まで寝てしまうのが習慣だった。混んでいて座れない日は、立ったままうとうとすることもあった。

その日は残業で遅くなり、終電近い時間の電車に乗った。車内には数人しかいない。私は座席の端に腰掛け、壁の手すりにもたれ、そのまま浅い眠りに落ちた。

……ふと目を開けると、電車はまだ走っている。
終着駅が近づくと自然に目が覚めるはずなのに、おかしいと思いながら、前の窓に映る自分の顔をぼんやり見ていた。

次に気づいたときも、電車は走っていた。
嫌な予感がして携帯で時間を確認する。

二時一分。

頭が一気に冴え、体の奥が冷えた。
何度見直しても時間は変わらない。

周囲を見回すと、誰もいなかった。
車内には私一人。
電車は一定の速度で走り続けている。

実家に電話をかけようとすると、圏外表示。
地下鉄ではない。

前の車両へ行けば車掌がいる。そう思って立ち上がった瞬間、電車が減速し、駅に停まった。

《高九奈駅》

聞いたことのない駅名だった。
ホームは田舎の無人駅のようで、人の気配がない。闇の向こうには田んぼと山の影しか見えない。

ドアが開く。
降りていいのか分からず迷っているうちに、ドアは閉まり、電車は再び走り出した。

やはり車掌に聞こう。
そう思って前方へ歩き始めた。

何車両進んでも人はいない。
不安が募る中、前の方にぽつんと座っている影が見えた。

小学校低学年くらいの男の子だった。
携帯ゲーム機に夢中になっている。

声をかけると、少年は一瞬だけ驚いた顔をしてこちらを見た。

電車がどこへ向かっているのか尋ねると、首を振った。

「分からないよ。でも……」

電車が減速する。

「お姉さんは、まだここに来ちゃだめ」

意味を聞き返す前に、電車は駅に停まった。
《敷草谷駅》。

ドアが開く。
少年は立ち上がり、何気ない動作でホームへ降りた。

「たまに、お姉さんみたいな人いるんだ」

私も降りようとしたが、少年が振り返った。

「それはだめ。でも、どうしても来たいなら……」

そのとき、少年が笑った。
悪意だけで形作られたような、張り付いた笑顔だった。

体が動かなかった。
ドアが閉まり、電車が走り出す。
少年はホームに立ったまま、こちらを見ていた。

私は生きているのだろうか。
そんな考えが頭をよぎった。

そのとき、静かな車内に着信音が響いた。
父からだった。

通話はつながり、圏外表示は消えている。
私は泣きながら事情を話した。

父は駅で降りろと言い、GPSで場所を調べると言った。

次の駅で降りた。
駅名は錆びて読めない。

電車はそのまま闇へ消えていった。

父との通話は切れた。
私はホームに一人残された。

無人駅。
外灯もなく、田んぼと山しか見えない。

父から再度電話があり、GPSはエラーになると言われた。
駅名を伝えると調べると言って切れた。

携帯の電池は残り一つ。
私は線路沿いに歩くことにした。

どれだけ歩いても、前の駅に着かない。
背後から視線を感じる。

疲れ切って座り込んだとき、遠くに光が見えた。
近づいてきたのは車のヘッドライトだった。

助けを求めて手を振る。
車は止まり、中から父が出てきた。

私は父に抱きついた。
安心した。

車に乗り、父は何も言わず運転する。
しばらくして携帯が鳴った。

「美津子か。今、居場所が分かった。迎えに行く」

電話口の声は父だった。
だが、横には運転している父がいる。

携帯の電源が落ちた。

隣の父は無言で運転を続ける。
窓の外は山深くなっていく。

「……早く……行かないと……」

低い声が聞こえた。
父の声ではなかった。

私は車が減速した瞬間、ドアを開けて飛び降りた。

次に目覚めたのは病院だった。
山道で倒れていたところを通行人に発見されたという。

家に戻り、父に尋ねた。
迎えにも行っていないし、電話もしていないと言われた。

携帯には、未送信のメールが一通だけ残っていた。
内容は、駅名の文字列だった。

変換履歴には、
「高九奈」
「敷草谷」

今でも、あの電車がどこへ向かっていたのか分からない。
ただ一つ分かっているのは、

降りる場所を、間違えなくてよかった。

(了)

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