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短編 集落・田舎の怖い話 n+2026

右足だけの朝 nc+

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彼が小学生だった頃の話だ。

その日は夕方から急に冷え込んだ。日が落ちる頃には、空気が張りつめるように冷たくなり、細かな雪が舞い始めた。山の方から吹き下ろす風が強く、家の瓦がときどき鳴っていた。
布団に入る前、彼は窓の外を見て、「このまま降ったら明日は積もるな」と思った。田舎では、雪が積もるかどうかは翌朝の段取りに直結する。通学路、畑、家畜の世話、すべてが変わる。

翌朝、目を覚ますと外は静まり返っていた。音が吸い取られたような静けさだった。
彼は防寒着もそこそこに、いつもの癖で新聞を取りに出た。玄関を開けると、白い世界が広がっていた。昨夜の雪は思った以上に積もっており、地面の凹凸がすべて均されている。

ツッカケを突っかけ、玄関から郵便受けまで歩く。足元で雪がサクサクと鳴る。その音だけが、やけに大きく響いていた。
新聞を取って顔を上げたとき、目の前の田んぼが一面真っ白になっているのが見えた。雪の表面はまだ荒れておらず、誰も踏み入れていないことがすぐにわかった。

彼は少しの間、その景色を眺めていた。
そのとき、田んぼの中央付近に、ぽつりぽつりと黒い点が並んでいるのに気づいた。

最初は、鳥か何かだと思った。
だが、よく見ると点は等間隔で並び、一直線に続いている。山際から田んぼの真ん中へ向かって伸びているようだった。

近寄る勇気はなかったが、目を凝らすと形が分かってきた。
それは足跡だった。

大きい。
子供の足ではない。大人の男よりも、やや大きいように見えた。

彼は一瞬、熊を連想した。だが、熊にしては形がおかしい。
肉球の跡も爪の跡もない。はっきりと、人の足の形をしている。

さらにおかしいことに気づいた。
足跡は、すべて右足だった。

右、右、右。
片足だけで歩いたように、一定の間隔で続いている。
左足の跡は、どこにもない。

雪は今朝降り積もったばかりだ。昨日までの痕跡は、すべて消えている。
つまり、この足跡は夜のうちについたものだ。

彼の背中を、冷たいものが走った。
寒さとは別の、嫌な冷え方だった。

「うわ、えらいもん見てしもうた」

声に出した瞬間、足跡がこちらに向かって続いているような気がして、彼は慌てて踵を返した。
ツッカケが雪に取られそうになるのも構わず、玄関に飛び込む。

中では祖父が囲炉裏のそばに座っていた。
新聞を落としそうになりながら、彼はさっき見たものを一気に話した。

田んぼのこと。
大きな足跡のこと。
右足しかなかったこと。

祖父は、途中で遮ることもなく、黙って聞いていた。
話し終えると、囲炉裏にくべていた薪を一度つつき、何でもないことのように言った。

「ああ、たたら様じゃの」

それだけだった。
怖がる様子も、驚く様子もない。

「気にするな。昔からおる」

それ以上、何も言わなかった。

彼はもう一度、窓の外を見た。
田んぼは相変わらず白く、足跡は見えない位置にある。
だが、あの右足だけの並びを思い出すと、雪の下に何かが立っているような気がして、目を逸らした。

その後、その足跡をもう一度見に行くことはなかった。
祖父も、たたら様について詳しく語ることは一切なかった。

今、彼は古典を教える教師になっている。
昔話や民間信仰を授業で扱うこともある。

だが、雪の夜に現れる「片足のもの」についてだけは、資料を探そうとは思わない。
名前がついた瞬間、あの足跡が、こちらへ向かって歩き出しそうな気がするからだ。

[出典:819 :元登山者:2009/11/22(日) 18:15:16 ID:NVak+ldI0]

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