夏祭りの記憶は、ふつう甘ったるい。
焼きとうもろこしと汗、子どもの手を引く大人の熱、遠くで鳴る太鼓の腹の底を揺らす音。
でも俺のそれは、どうしても「空」を見上げられない。
あの年、親戚一同で花火大会に行った。祖父母、叔父叔母、従兄弟。人数は五人どころじゃなかった気もするが、俺の中では「大人が数人いて、俺が一人浮いていた」という輪郭だけがやけに鮮明だ。
会場は神社の近くで、御神輿の周りを囲むように、面を被った人たちが盆踊りをしていた。狐、ひょっとこ、般若。笑ってるようで笑ってない、あの面特有の無表情。提灯の赤い光が面の凹凸に影を作って、目だけが暗く見えた。
親戚は手慣れていて、夕方のうちに一番良い場所にブルーシートを敷き、弁当を広げた。俺は花火を楽しみにしていた。花火が上がる瞬間って、あれだけ人がいるのに、皆が一斉に同じ方向を向いて、同じ音に震える。あの感じが好きだった。
ところが、待っても待っても、花火が上がらない。
最初は「遅れてるのかな」と思った。屋台の声、太鼓、盆踊りの輪。周囲は盛り上がっている。なのに空だけが、ずっと同じ。黒い紙に穴を空けたような夜空。
それでも不思議なのは、どこからか「たまやー」「かぎやー」という掛け声が聞こえてくることだった。拍手もついてくる。パン、パン、と乾いた音。
俺は反射的に空を見上げた。何もない。煙も、光の尾も、破裂の音も。
「……おかしくない?」
口に出すと、親戚たちは「あはは」と笑うだけで、別に空を見もしない。弁当の唐揚げを頬張りながら、楽しそうに拍手している。
彼らの視線は空じゃなく、斜め上――隣山の丘のほうに向いていた。
丘の上に、何か建物が見えた。寺のようにも見えた。黒い輪郭に、窓の四角がいくつか。
俺もそっちを見る。すると、寺の窓の一つに、提灯みたいな明かりがふっと点いた。
次の瞬間、その明かりが放り投げられる。宙を舞い、ゆっくり落ちていく。落ち方が妙だった。重力に従って落ちているのに、風に撫でられるみたいに揺れる。
まるで――人魂。
その明かりが消える瞬間、どこかで「たーまやー!」と声が上がった。拍手がわっと起きる。
俺は鳥肌が立った。花火の代わりに、誰かが“それ”を花火として見立てている。しかも皆が、当然のように。
その光景が何度か繰り返された。点く。投げられる。落ちる。消える。たまや。拍手。
俺は途中から、空を見上げるのをやめた。空には何もないのに、ここでは何かが「打ち上がっている」ことになっていたからだ。
やがて、盆踊りの輪がほどけるように崩れ、屋台の灯りも一つずつ消えた。提灯が消えると、会場は急に「ただの暗い広場」になった。
親戚たちは帰り支度を始めた。俺は納得できなくて、丘の寺を見つめ続けた。
そのとき、見てしまった。
さっきまで盆踊りをしていた客たちが、浴衣を脱いでいた。
浴衣を脱ぐ姿って、普通ならちょっと生々しい。はだけた肩、汗の匂い。けれど、あの夜のそれは違った。浴衣の下から出てきたのは肌じゃない。
藁だった。
藁人形、という言葉を知っている人は多いと思う。釘で打ち付ける呪いの道具。けれど俺が見たのは、呪いの雰囲気じゃない。もっと「作業」だった。
面を外し、浴衣を脱ぎ、手足を縛っていた紐を解く。
すると、藁人形だった“客”は、形を保てなくなって、その場に倒れる。倒れた瞬間、藁の束に戻る。
一体、また一体と、広場に藁が散乱していく。
音はしないのに、胸の中だけがドカドカ鳴って、息が詰まった。逃げたいのに足が動かない。視線だけが釘付けになった。

丘の寺を見る。
寺だと思っていたものは、もう寺じゃなかった。
ただの、岩だった。丘の上にある大きな岩。窓なんてない。投げられていた明かりの出所もない。
なのに、さっきまで確かに“窓”が点いていた。投げられていた。落ちていた。たまや、と声がした。
気づくと、広場には誰もいなかった。
親戚もいない。屋台もない。盆踊りの輪もない。
俺だけが、藁の散乱した暗闇に立っていた。
どれくらい時間が経ったのか分からない。遠くで車の音がして、はっと我に返り、親戚を探して走った。
何食わぬ顔で、親戚は少し離れた道で俺を待っていた。「何してたの、勝手にどっか行って」と笑いながら。
翌年も祭りはあった。普通の花火だった。空に上がって、爆ぜて、煙が流れた。
親戚に問い質すと、「去年? あんた来てないでしょ。勝手に遊びに行ってたじゃない」と言われた。
まるで、あの夜は最初から存在しなかったみたいに。
でも俺の中では、空に花火が上がらないまま「たまや」だけが鳴る夜が、いまも終わっていない。
夏の夜、遠くで誰かが拍手すると、俺は反射で空を見上げそうになる。
そして、思い出してしまう。
“空には何もない”のに、祭りは成立してしまうことを。
(了)
[出典:375:↓名無しさん@おーぷん:18/05/04(金)03:43:16 ID:GvS]