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八月の水面に立つもの r+1,351

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もう何年も前のことだが、未だに思い出すと、喉の奥がキュッと締め付けられる。

あのときの雨の匂いと、湿った土の感触。
人の気配がどんどん遠ざかっていった、あの異様な静けさ。
全部、頭の奥にこびりついて、取れないままだ。

O県N市――俺の地元。
のどかな田舎町で、特別な観光地があるわけでもないが、ひとつだけ、有名な行事がある。
夏の終わり、Y川の下流域、つまり河原で行われるT祭りだ。

表向きは、五穀豊穣と川の安全を願う伝統行事らしいが、裏には古くから語り継がれる陰惨な由来がある。
昔、大干ばつがあって、Y川が干上がったことがあったそうだ。
村人たちは雨乞いのため、二人の子ども――兄妹を人柱にした。

その妹は、妊娠していたという説もある。
また、兄妹が部落差別の対象で、村の誰もが彼らを憎んでいたから、人柱にされたのだという話もある。
どちらにしても、祀られる形ではなく、恨まれる形で沈められたという。

そしてそれ以来、T祭りの当日は、必ず雨が降る。
どれだけ天気予報で晴れだと言われていても、例外なく雨が降る。
実際、俺の記憶の中でも、その日だけは毎年決まって空が泣いていた。

……大学二年の夏、あいつらをその祭りに連れて行ったのは、正直失敗だったと思っている。

当時、心霊スポット巡りがブームだった。
心霊スポットでふざけたり、イチャつくカップルをからかったり、そんなくだらないことばかりしていた。
その仲間が、のっぽのYと茶髪のA。
俺が祭りの話をしたときも、最初から面白がっていた。
「絶対行きたい」「連れてけ、さもないとお前の車ぶっ壊す」なんて冗談ともつかない口調で迫られ、仕方なく地元に車を走らせた。

でも、あいつらには言わなかった。
俺がT祭りにあまり行きたくなかった理由。

まずひとつ、出店のほとんどが知り合いだということ。
田舎は狭い。
どこへ行っても顔見知りだらけで、いちいち挨拶をしてまわらなきゃならない。
友達を連れて行くとなれば、それが妙に恥ずかしくなる。

でも、本当の理由は、もうひとつの方だった。

ここ最近、俺たちが冗談では済まない霊体験を何度かしていたこと。
YとAも「最近、霊感が強くなってきてるかもな」と笑っていたが、実際に、そういう場所で奇妙な体験が増えていた。
だから、正直あの祭りにだけは、軽い気持ちで行くべきじゃなかったと思う。

なのに、あいつらは車の中で笑ってた。
Aは助手席で爆睡し、YはB'zをがなり立てながらハンドルを握る俺の横で踊っていた。
その無神経さが、今では腹立たしいというより、羨ましくさえ思える。

祭りの日はやっぱり雨だった。
傘を差すほどではないが、時折、霧のような雨がさっと降ってくる。
それでも人は多く、出店もぎっしり並んでいた。
Yは片っ端から屋台の食べ物を平らげ、Aはクジ引きに夢中だった。
あのクジ屋、俺が小学生の頃から一度も当たりを出したところを見たことがない。

花火がしょぼく上がり、周囲の出店が片づけを始めるころには、空はもう、どんよりと重かった。
空気も濁っていた。
日中とは打って変わって、湿った藁のような、土と川のにおいが強く鼻を突いた。

「で、お前ら、何か見えたか?」
皮肉混じりに尋ねた俺に、Yは焼きそばを口いっぱいに頬張って「旨さが見えた」と言った。
Aは渋い顔で「クジ引きの闇が見えた」とだけ。
まったく、こいつらは――と思った矢先だった。

急に、世界から音が消えた。

本当に、音が遠のいた。
出店のオヤジたちは、すぐ目の前で騒いでいる。缶ビールを片手に笑ってる。
けれど、声がまるで、水の底にでも沈んだみたいに、くぐもって聞こえない。

俺だけじゃなかった。
Yが泣き笑いのような顔で周囲を見ていた。
Aは、やけに鋭い目つきで川の方を見つめていた。

「おい……あれ」

Aの指が、川の中央を指していた。

最初、それが人だと気づくまでに時間がかかった。
あり得ない場所だったから。

川の真ん中に、黒い影が立っていた。
しかも、全身が見えている。足元まで、はっきり。
Y川の中央は、確かに深くはない。
それでも、大人の膝上くらいまでは水深がある。
しかも、あのあたりには岩もない。立てる場所など、ないはずだった。

なのに、影は立っていた。
静かに、こちらを見ていた。

目が合った――そう思った瞬間。

ザーッ!!!!

突然、滝のような雨が降ってきた。
それまで霧雨程度だった雨が、一気に空から叩きつけるように落ちてきた。

視界が真っ白になる。
川の音が、怒鳴り声のように響く。

「もう撤収するぞ!! あいつ近づいてきたらマジ死ぬ!!!」

Yが絶叫した。
その声に、俺とAは反射的に動いた。

俺たちは、祭り会場から逃げ出した。
雨で視界が歪み、ぬかるむ道を滑りながら、ひたすら走った。

車に飛び乗って、すぐ近くの俺の実家まで逃げた。
その間、ずっと耳元で、すすり泣くような声がしていた。

誰も何も言わなかった。
Yも、Aも、ただ黙って濡れた服のまま、無言で座っていた。

俺はその後、熱を出して、二日間寝込んだ。
YもAも、もう二度とT祭りには行こうとしない。

もちろん、俺も行っていない。

あの人影がなんだったのか、わからない。
妊娠していたという妹なのか、兄だったのか、それとも――
もっと別の、何かだったのか。

ひとつだけ確かなのは、霊感がある人間は、あの祭りに行くべきじゃないということ。

T祭りの本当の意味を、まだ誰も知らないまま、今年も夏が来る。

[出典:218 :本当にあった怖い名無し:2006/12/10(日) 02:27:04 ID:/WktQKKN0]

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