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短編 r+ 洒落にならない怖い話

蔵の奥で飼われているもの rw+7,012-0121

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あれは伊藤の家で宅飲みをしていた晩のことだ。

終電も逃し、空になった缶がテーブルの端に積み上がった頃、やたらとオカルトに詳しい伊藤が言い出した。

「なあ、怪談大会やろうぜ」

軽いノリだった。怖い話というより、場を持たせるための余興だと思っていた。順番に、どこかで聞いた話や、真偽不明の噂話を披露していく。その流れで、伊藤の番が来た。

伊藤は少し考える素振りを見せてから、笑いながらこう切り出した。

「これは俺の知り合いから聞いた作り話なんだけどさ」

その時は、その前置きを疑いもしなかった。ただ、いま思えば、あれは逃げ道だったのだと思う。

――

その子は、とある県の山奥にある家で育ったという。地図で探しても、近くに集落の名前すら見当たらないような場所だ。家の周囲には柿の木と竹やぶが密集し、春先は湿った土と腐りかけた葉の匂いが漂い、冬になると風が竹を揺らす音が、夜通し獣の唸り声のように聞こえた。

屋敷は無駄に大きく、黒光りする太い梁がむき出しになっていた。屋根の一部には藁葺きが残り、土間の冷えと匂いが、裸足で歩くとそのまま体の奥に染み込んでくる造りだった。

家族は祖父、父、母、姉、そして自分の五人。それに住み込みの女中が三人いた。さらに、敷地の外れに分家があり、そこの男たちが毎日のように祖父のそばに控えていた。

祖父は、この家の絶対だった。

食事の席で椅子を引く音ひとつ、祖父の前では許されなかった。父も分家の男たちも、祖父の顔色を一瞬たりとも見誤らないように生きていた。言葉の選び方ひとつで、その場の空気が凍ることを、皆が知っていた。

姉が姿を消したのは、自分が十五になった日の夜だった。

夕食の支度が整い、全員が座についた。だが、姉だけが帰ってこない。あの家では、祖父が席に着く前に全員が揃っていなければならなかった。母は何も言わず、白い手を膝の上で何度も擦り合わせていた。

廊下の奥から、祖父が現れた。分家の男たちを引き連れ、無言のまま座敷を見回し、空いた席に視線を落とした。

「どうした」

低く、感情のない声だった。

父は立ち上がり、「まだ帰ってきておりません」と答えた。祖父は一度だけ頷き、分家の男の一人に何かを耳打ちした。

「お前たちは、ここで待て」

そう言い残し、祖父と分家は家を出ていった。

残された座敷には、静けさと、母の呼吸音だけがあった。誰も口を開かなかった。時計の針の音だけが、やけに大きく響いていた。

二時間ほど経った頃、玄関の方から怒鳴り声が聞こえた。家族全員が立ち上がり、走った。

そこには、祖父と分家、そして姉がいた。

姉は、原型をとどめていなかった。顔は腫れ、目は焦点を失い、服は破られ、裸に近い姿だった。母が声を上げたが、途中で言葉にならず崩れ落ちた。

父が姉の名を呼んだが、姉は何も答えなかった。誰もいない場所を、ただ見つめていた。

女中たちが姉を抱え、奥へ連れていった。祖父は父と分家を促し、黙って奥の間へ消えた。

その夜、自分は眠れなかった。夕食の匂いが胃をかき回し、布団は生温かく、息苦しかった。姉は部屋に戻ってこなかった。

翌朝、母の部屋に行くと、姉が布団に寝かされていた。目は開いていたが、まるで中身が抜け落ちたようだった。何かを小さく呟いていたが、言葉にはならなかった。視線は母をかすめるだけで、自分には向けられなかった。

母は泣きながら言った。

「あの子……誰にも、見せられないの」

それから数日、姉は何も食べず、何も話さなかった。夜になると、奥の間の方から、低い声が聞こえることがあった。母の怒鳴り声だった。あそこは近づいてはならない場所だった。

その次の夜、父が姉を連れていった。行き先は告げられなかった。朝になっても、姉は戻らなかった。

その日、祖父の前に座らされ、こう言われた。

「母と姉は出て行った。忘れろ」

言葉は耳に入ったが、意味は理解できなかった。ただ、その場に自分が一人残されたことだけが分かった。

それからは、何もかもがどうでもよくなった。酒、煙草、喧嘩。祖父に睨まれ、父に殴られても、構わなかった。

ある日、蔵の前で、分家の男が大きな袋を抱えて入っていくのを見た。幼い頃から、その蔵には絶対に近づくなと言われていた。

だが、その時は、足が勝手に動いた。

夜中、仏間から鍵を盗み、蔵を開けた。埃と黴の匂いが充満していた。奥に、不自然な取っ手の付いた床板があった。それを開けると、地下へ続く階段が現れた。

下には、座敷牢があった。

鉄格子の向こうに、姉がいた。痩せ細り、骸のような体で、隅に縮こまっていた。何度呼びかけても、反応はなかった。

その時、隣から声がした。

人の声とは思えない、裂けるような叫びだった。

振り向いた瞬間、視線が合った。そこに何がいたのか、いまでも言葉にできない。ただ、見てはいけないものを見たという感覚だけが残っている。

蔵を飛び出し、鍵を戻し、自室に戻った。朝まで目を閉じ、母の顔だけを思い浮かべていた。

母の連絡先は、ずっと持っていた。

夜明け、公衆電話からかけた。

「誰にも言わないで」

母の声は、震えていた。それでも、「一週間後、寺で会おう」と言った。

父が部屋に現れたのは、その前日の夜だった。

廊下の足音を聞いた瞬間、自分の番だと分かった。

トイレに行くと嘘をつき、窓から逃げた。裏門を抜け、田んぼ道を走り、母に電話した。迎えに来た車の中で、初めて声を上げて泣いた。

伊藤は、そこまで話して、俺たちに言った。

「で、その子がどうなったと思う?」

好き勝手に続きを想像しながら先を促すと、伊藤は笑って「知らねえよ」とだけ言い、それ以上は語らなかった。

数年後、伊藤の家に遊びに行ったとき、伊藤の母親が何気なく言った。

「うちは母子家庭だからね」

その瞬間、伊藤の話し方、妙に古い言い回し、あの夜の声の調子が、ひとつに繋がった。

いまでも伊藤は、何も語らない。

けれど、あの家は、まだ山の奥にある気がしてならない。蔵の地下で、息を潜めながら、何かを残したまま。

[出典:657 :本当にあった怖い名無し:2011/12/07(水) 15:02:50.66 ID:gl8X1c+L0]

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