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短編 r+ 洒落にならない怖い話

六体半 rw+4,363-0428

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卒業式まで、あと数日しかなかった。

六時間目の学活が終わり、教室の空気が少し浮ついていた。進路の話も、卒業文集の話も、もうほとんど終わっていた。残っているのは、机の落書きやロッカーの整理や、誰と写真を撮るかという程度のことだった。

その日、学年主任の皆藤先生は、いつものように教壇に立っていた。

ただ、普段と違っていたのは、先生がなかなか話し出さなかったことだ。出席簿を閉じ、黒板を見て、窓の外を見て、それからまた教室を見渡した。

誰かが冗談めかして「先生、泣くんですか」と言った。

教室に笑いが起きた。先生も少しだけ口元を動かした。だが、目は笑っていなかった。

「お前ら、卒業する前にひとつだけ聞いておけ」

そう言って、先生は校舎の裏手にある林を指さした。

「この学校には、小さな社がある。知ってるやつもいるだろう。あれがなぜ建てられたか、知らないまま出ていくな」

それから先生は、淡々と話しはじめた。

この中学校は、できて十数年ほどの新しい学校だった。

校舎も体育館も白く、廊下にはまだ新築の匂いが残っていた。古い学校にありがちな、染みついた埃や木の匂いはなかった。整いすぎていて、かえって落ち着かない場所だったと、先生は言った。

皆藤先生は、その学校が開校した年に赴任してきた。

新任教師としての最初の勤務先だった。だから朝は誰よりも早く来て、校門を開け、職員玄関の鍵を開け、昇降口の様子を見て回っていた。

最初に異変があったのは、四月の朝だった。

校庭の端に、小さな池があった。開校記念に造られたもので、赤や白の鯉が何匹か放されていた。

その鯉が、全部浮いていた。

水面に腹を見せ、池の縁に寄せられるようにして、何匹も重なっていた。水は濁っていなかった。餌も残っていた。誰かが石を投げ込んだような跡もない。

最初は、夜中に不良が毒でも入れたのだろうと考えられた。

業者を呼んで水を調べた。毒物は出なかった。病気の形跡もなかった。水温にも異常はない。ただ、鯉だけが死んでいた。

新しい学校で、最初に処分した生き物が鯉だった。

先生はそれを、妙にはっきり覚えているという。

次は、屋上だった。

ある朝、校舎の外壁を水が伝っていた。雨は降っていない。屋上から、細い滝のように水が落ちている。

皆藤先生は、水道管か貯水タンクの不具合だと思い、屋上へ向かった。階段を上がり、屋上に出る扉の錠を外した。

しかし、扉は開かなかった。

内側から何かが押さえているように、びくともしない。後から来た体育教師と用務員を呼び、三人がかりで押した。

少しだけ隙間ができた瞬間、水が噴き出した。

足元をすくわれ、三人は階段を転げ落ちた。踊り場まで水が流れ込み、壁に貼ってあった避難経路図が剥がれた。

屋上は、水で満たされていた。

夜のうちに貯水タンクの一部が破損し、排水口にも泥のようなものが詰まり、屋上全体が浅い池のようになっていた。新築の校舎で、どうしてそんなことが起きたのかは分からなかった。

そのときも、事故として処理された。

ただ、先生は言った。

「水が落ちてきたんじゃない。開けるのを待っていたみたいだった」

三つ目は、学校の裏手にある湿地だった。

今はフェンスで囲われているが、当時はまだ整備が追いついておらず、校舎の裏には草の茂ったぬかるみが残っていた。もともとこのあたりは小高い丘と湿地が混ざった土地で、丘を削り、湿地を埋めて、学校とグラウンドを造ったのだという。

朝練をしていた野球部員が、飛んでいったボールを探しに裏手へ回った。

そこで、人を見つけた。

初老の男性だった。近所に住んでいた人で、前の晩に酒を飲んで帰る途中、学校の敷地を横切ろうとしたらしい。足を取られ、湿地に倒れ、そのまま動けなくなったのだと説明された。

死因は溺死だった。

湿地といっても、胸まで沈むような沼ではない。大人が立てなくなるほど深い場所でもない。だが、その男性は、顔を泥水につけたまま死んでいた。

野球部員の一人は、あとになって「ボールの横に人が寝ていた」と言った。

けれど、最初に顧問へ伝えたときには、こう言ったらしい。

「ボールを拾おうとしたら、下から手が出ていた」

その話は、いつの間にか誰も口にしなくなった。

四つ目は、夏に起きた。

プールの授業中、女生徒が一人亡くなった。

その日は晴れていて、水温も問題なかった。担当教師も補助の教師もいた。生徒たちは決められたコースを泳いでいた。無理な飛び込みも、ふざけて沈め合うような行為もなかった。

気づいたとき、その生徒だけが水の中に沈んでいた。

引き上げたとき、顔は水面のほうを向いていたという。

プール開きの前には神主を呼び、お祓いも済ませていた。学校側はできることをしていた。それでも、また水だった。

その頃には、職員室の空気も変わっていた。

事故が続いている。しかも、全部が水に関わっている。偶然で片づけるには、あまりに重なりすぎている。

校長は、知り合いを通じて、ある女性を学校へ呼んだ。

霊能者という言い方を先生は避けた。ただ、「そういうものを見る人だった」とだけ言った。

その女性は、校門をくぐったところで足を止めた。

しばらく、昇降口でも校庭でもなく、校舎の裏手を見ていた。それから校長に尋ねた。

「ここにあったものを、どこへ移しましたか」

校長は答えられなかった。

女性は続けた。

「小さなお社です。狐が七つ。土の下に残っています」

その場にいた誰も、その話を知らなかった。

学校は新設校だった。教師たちは、建つ前の土地のことなど詳しく知らない。資料にも、神社や社があったとは記されていなかった。

後日、地主だった老人に話を聞きに行った。

老人は、すぐに頷いた。

たしかに、丘の上には小さな稲荷の社があったという。古いものではあったが、昔からその土地の人間が手を合わせていた。土地を譲るとき、老人は建設会社に「社だけは丁寧に移してくれ」と頼んだ。

会社は「分かりました」と答えた。

だが、実際には移されていなかった。

元請けは下請けが済ませたと思い、下請けは元請けが処理したと思っていた。誰も確認しないまま、丘は削られ、湿地は埋められ、社はなくなった。

その話を聞いたあと、先生たちは校内を探した。

最初の一体は、校門の脇から出てきた。

土を少し掘ると、白い陶器の狐が顔を出した。泥で汚れていたが、表情だけは妙にはっきりしていた。

次は、野球部のグラウンドから出た。

内野の端をならしていた生徒が、何か硬いものにスコップを当てた。石かと思って掘り返すと、狐の像だった。

三体目は、職員室から出た。

応接セットの下を掃除しようとして椅子を動かすと、奥から転がってきた。なぜ職員室の中にあったのか、誰にも分からなかった。床下から出たわけではない。最初からそこに置かれていたように、埃をかぶっていた。

その後も、像は見つかった。

体育館裏の排水溝のそば。焼却炉の跡。プールの機械室。

どれも、探せば見つかる場所だった。

けれど、普通なら見つかるはずのない場所でもあった。

六体目が出たとき、誰も喜ばなかったという。

あと一体。

そう思ったからだ。

最後の像は、半分だけ見つかった。

校舎裏の林の根元だった。木の根に抱かれるように、陶器の狐の下半分だけが埋まっていた。上半分はなかった。

それから何日も探した。

教員も、生徒も、業者も入った。林の土を掘り返し、倉庫を空にし、排水溝の蓋を開け、池の底までさらった。それでも、半分は見つからなかった。

校長は、もう一度あの女性に来てもらった。

女性は、六体半の狐を見て、しばらく黙っていた。

そして、こう言った。

「社を建ててください。足りないままでいいです」

校長が「残りは探さなくていいのですか」と聞くと、女性は首を振った。

「探すのをやめるのではありません。見つけようとしてはいけません」

それ以上は、何も話さなかったという。

ほどなくして、校舎の裏手に小さな社が建てられた。

六体半の稲荷像は、そこに納められた。

それから大きな事故は止まった。

少なくとも、表向きには。

先生は、そこまで話すと、また窓の外を見た。教室にいた私たちも、つられて林のほうを見た。

葉の間に、赤い小さな屋根が見えた。

それまで何度も見ていたはずなのに、その日まで気にしたことがなかった。掃除当番で裏手を通ったこともある。部活で走らされたこともある。だが、あそこに社があると、はっきり意識したのはそのときが初めてだった。

「先生」

誰かが聞いた。

「その半分って、まだ見つかってないんですか」

先生は、こちらを見なかった。

「見つかってない」

教室が静かになった。

先生は続けた。

「ただな、卒業前になると、毎年誰かが言うんだ。校舎の中で、白いものを見たって。狐かどうかは分からん。陶器のかけらかもしれん。紙くずかもしれん。見間違いかもしれん」

先生はそこで少しだけ息を吐いた。

「でも、だいたい見た場所が同じなんだ」

誰も、どこですかとは聞かなかった。

聞けば、見に行きたくなる。

卒業まであと少しで、もうこの学校から離れられるのに、最後の数日をそんなもののために使いたくなかった。

その日から、教室の空気が少し変わった。

放課後、誰かがふざけて「探しに行こうぜ」と言った。別の誰かが「やめろよ」と笑った。その笑い方が妙に乾いていた。

掃除の時間、廊下の隅に落ちている白いチョークの欠片を見ただけで、何人かが足を止めた。

下駄箱の奥に白いものがあると言った女子がいた。見に行くと、丸めた紙だった。けれど、その紙を誰も拾わなかった。

卒業式の日、私は最後に教室を振り返った。

黒板には「卒業おめでとう」と書かれていた。机は空になり、掲示物は外され、窓から入る光だけがやけに白かった。

そのとき、教卓の下に何かが見えた。

白い、小さなものだった。

拾えばよかったのかもしれない。

けれど、私は拾わなかった。

見なかったことにして、教室を出た。

そのあと、市町村合併で町の名前が変わり、学校名も変わった。校舎は改修され、池は埋められ、湿地だった場所には駐車場ができたと聞いた。

ただ、あの社だけは残っているらしい。

何年か前、同窓会でその話を出したことがある。

覚えている者もいた。まったく覚えていない者もいた。

皆藤先生の話を聞いたはずなのに、「そんな話あったっけ」と笑う者がいた。あの日、誰よりも怖がっていたはずの女子まで、首をかしげていた。

そのとき、ひとりが言った。

「でも、社は知ってるよ。六体半のやつだろ」

私は聞き返した。

「なんで六体半って知ってるんだ」

そいつは、少し困った顔をした。

「いや、見たから」

「いつ」

「卒業式の日」

そこで会話は途切れた。

そいつは、それ以上何も言わなかった。私も聞けなかった。

あの日、教卓の下に見えた白いものを、私は拾わなかった。

だから今でも、六体半のままなのだと思っている。

そう思っていないと、あの話をまだ覚えている理由が分からなくなる。

[出典:648 :本当にあった怖い名無し:2007/06/21(木) 22:30:56 ID:nmdMEMew0]

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