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妻の荷造り r+4574

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友人から聞いた話。

彼は山登りが趣味で、時間があれば山へ入る生活を続けていた。いつものように、週末に向けて登山の準備をしていると、妻が呆れた顔で手伝い始めた。いつものことだ。妻は彼の行楽に興味もないが、荷造りには不思議と付き合う。

登山二日目、山の中で水が悪かったのか、腹が急に痛み出し、ひどい下痢に見舞われた。体は脱水症状でぐったりし、もう歩く力も残っていない。救急セットを探ると、入れた覚えのない整腸剤が出てきた。妻が入れたのか? そんなことを思いながら半信半疑で飲むと、次第に症状は落ち着き、なんとか下山することができた。

帰宅後、妻に礼を言うと、彼女は笑って言ったそうだ。

「なんとなく、必要になる気がしたのよ」

その後も彼の妻は、何かにつけてその「妙な勘」を発揮した。彼が遠出をするたび、使うとも知れないものを勝手に荷物に忍ばせ、後になって命拾いをすることが何度かあった。

同じ友人の別の話。

いつものように山登りの準備が整った夜、地図を眺めながら翌日のルートを確認していた彼は、玄関から微かな物音を聞いた。妻はすでに寝ているはずなのに、何かが動く音がする。訝しげにドアを開けると、薄暗い玄関で妻がしゃがみ込み、彼のザックに何かを詰め込んでいた。

「……おい、何してるんだ?」

「ん……なんとなく、入れといた方がいいかなって……」

妻は眠そうな目をこすりながら、包帯やガーゼ、消毒液、果ては骨折用の添え木のようなものまで、次々とザックに押し込んでいる。見れば、もうザックは不自然に膨れ上がり、まるで医療セットそのものだ。

「これ、何があったら必要なんだよ……」

そう呟いた彼は、言い知れない不安を感じ、その山行きを取りやめることにした。

後日、その登山を予定していた山で、遭難事故があったという。数名が滑落し、うち一人は骨折して動けなくなっていたとニュースで聞いた。

「必要になる気がしたのよ」

彼の妻は今でも、どこか遠くを見るような目でそう言うのだ。

(了)

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