私があの中学に入ったのは、親の見栄のためだった。
地元の公立に行けば、友達もいるし、わざわざ不安な思いをすることもなかったのに、母は「親戚にこれ以上バカにされるのはまっぴら」と言って聞かなかった。兄弟そろって成績は地を這っていたけれど、金さえ出せば入れる底辺の私立があると聞きつけ、そこに私を押し込んだのだ。
校門をくぐった瞬間から、空気がねっとりしていた。汗のようにまとわりつく嫌な湿気。教室に入っても、どこにも逃げ場がないような息苦しさがあった。教師たちは事務的で、同級生は目の奥に光がない。見た目だけで判断するのはよくないと思っていたけれど、それでも、あまりにも荒んでいた。
入学式の朝、私はとなりに座った男子の足を踏んでしまった。
「いてぇっ!」
いきなり怒鳴られて、びくっとした。慌てて「ごめん」と小さく言ったつもりだったけど、私の声なんて蚊の羽音よりも小さくて、届くはずもなかった。
「足踏んどいてあやまりもしねぇのかよ、ブス!」
その一言で、私の中に何かがこびりついたように残った。
それから毎日、そいつは私に絡んできた。「キモい」「くせぇ」「死ねば?」。机の上の物は落とされ、筆箱は蹴られ、あらゆる場所で見下され続けた。最初は我慢していた。でも、だんだん我慢できなくなった。
放課後、誰もいない教室で、あいつの教科書を破り、上履きの紐を切り、机の中に腐ったミカンを押し込んだ。陰湿でみっともない復讐。でも、それしかできなかった。
ある日、あいつの机を蹴ったとき、引き出しから写真がこぼれ落ちた。ピースサインで笑うあいつ。憎々しいほど無邪気な笑顔。
その瞬間、思い出した。呪いだ。
以前ネットで「呪い」のやり方を調べたことがあった。「本人の体の一部、もしくはその人だけが写った写真が必要」と書かれていた。体の一部なんて手に入らない。でもこの写真なら、条件を満たしている。
迷わず持ち帰って、調べた手順どおりに釘と紙人形を用意した。わら人形の代わりに紙人形。それでも私は手順をひとつずつなぞった。静かに。誰にも知られないように。
あいつが苦しむ姿を想像すると、胸の中がふわりと温かくなった。快感……そう言ってもよかった。
呪いをかけたあとも、何も起きなかった。期待なんてしてなかった。でも一週間ほどして、変化が訪れた。
朝、教室に早く着くと、すでにあいつが来ていた。目が合った。でも、あいつの方が先に目をそらした。あのあいつが……!
その日、あいつは何も言ってこなかった。次の日、学校に来なかった。そして三日目、再び姿を現したとき、教室の空気が変わっていた。
「アイツ万引きしたんでしょ?親が土下座したんだってさ」
ざわつく教室。笑い混じりの軽蔑。あいつは「泥棒」になっていた。
「泥棒が来たぞー!隠せー!」
クラス中の男子が叫んだ。みんな荷物を自分の机に抱えて騒いでいた。まるでコント。だけど、あいつの顔は真っ青だった。言い返す気力もないのだろう。沈黙したまま、自分の席についた。
それから、いじめは始まった。机に「死ね」「キモス」と赤い文字。上履きの中に画鋲。教科書が黒く塗りつぶされ、授業中には消しゴムが次々に飛んでくる。
私は見ていた。
ただ見ていた。
それまで「いじめはよくない、誰かが困っていたら助けるべき」と思っていたはずだった。でもそのときは違った。胸の奥がじわじわと熱くなるような高揚感。笑いをこらえきれず、ノートの端に何かを書いて誤魔化した。
「ざまぁみろ」
そう思っていた。心の底から。
それから何日かして、放課後、あいつに呼び出された。
「……あやまるから。もう、やめてくれよ」
蚊の鳴くような声だった。
私は笑った。「はぁ?私が何したってのよ」
確かに私は何もしていない。手を下してはいない。ただ、眺めていただけ。
「お前……あの夜からだ……お前が出てきた……!」
意味がわからなかった。
話を聞くと、あいつは夜、金縛りにあったのだという。目を開けたら、私が上に乗っていた。口元をひきつらせながら、不気味に笑っていた、と。
……生霊?
呪いが効いたんじゃない。私自身の生霊が、あいつに取り憑いたのか……?
あの時の笑顔が、私の中にまだ残っていた。写真を見た瞬間に芽生えた「殺してやりたい」という願望。それが形を持った?
そう考えた瞬間、背中に冷たい汗がつーっと流れた。
いじめはエスカレートし続け、私は見ているのが辛くなった。最初は楽しかった。でも今はもう、胸がぎゅっとつぶされるような、苦しさしかなかった。
そして……事件が起きた。
修学旅行の夜、川辺であいつはクラスメイトに突き飛ばされて、消えた。遺書が見つかった。書いてあったのは、「もう限界だった」と「誰も助けてくれなかった」と。それと、最後に、ひとことだけ――
《あの子、僕の上にいた》
その文が、どうしても頭から離れない。
帰ってきた私たちの中で、集合写真を見ていた誰かが叫んだ。
「おい、これ……心霊写真じゃね?」
その声に、私はぞっとして顔をあげた。あいつの肩に、はっきりと人の手が食い込んでいた。血の気のない白い手が、あいつの肩をつかんで、爪を立てている。
「……あれ、私の手に似てない?」
誰にも聞かれないように、私はそう呟いた。
もう、笑えなかった。
(了)
[出典:866:本当にあった怖い名無し :2007/08/07(火)20:37:44ID:RdcfNzTA0]