彼女と家にいたら、突然、うちのドアを激しく叩かれる音が聞こえた。
どうせ同じアパートに住む友人のいつものイタズラだろうと、ろくに確認もせずにドアを開けると、タンクトップのガタイのいい黒人がいた。
手にナイフを持っていた。
一瞬、ヤバいやつだ、と思ったが混乱してしまい、なにもできなかった。
しかし、よく見ると様子がおかしい。
焦っているのは相手の方。
肩で息をしており、汗だくだった。
英語で何かまくし立てるが、俺にはよくわからない。
相手はおかまいなしで、わめいている。
そのうち、奥に隠れて様子を見ていた彼女が出てきて、男と話を始めた。
彼女は留学経験があり、日常英会話程度なら不自由しない。
俺はしばらく話を伺っていたが、しびれを切らして、彼女に通訳を頼んだ。
男は、一つ先の駅のバーで働いていたらしい。
仕事帰りに街をうろついていたところ、一人の日本人女性と知り合い、そのまま行きずりで、女の家に上がったらしい。
女の家で一杯やっていると、ふと女は奥の部屋に消えた。
男は女を待っていた。
そのうち、風呂場からなにか物音がするのに気がついた。
何気なく風呂場を覗くと、そこにはさっきの女とは別の、顔が傷だらけで片腕がヒジまでしかない女が、空の浴槽にうずくまって体を揺らしていた。
女は男に気づき、何か怒鳴った。
口の中が血だらけだった。
突然何か、肩の横をかすめた。
ナイフだった。
男は恐怖におののき、なぜかそのナイフを拾うと、そのまま部屋から逃げ出した。
女は追いかけてきたが、全力で走り、どのくらい走ったかわからないが、途中、目に入った俺の部屋に助けを求めたという。
彼女が警察に行くよう進めたが、男はそれはダメだと頑なに断った。
大袈裟なジェスチャーで気づいたが、男の肩には確かに新しい深めの切り傷があった。
俺たちは半信半疑だったが、男を放って置くわけにもいかず、タクシーを呼んで、男を乗せた。
朝まで明るくて、人がいる場所がいいというので、少し遠くにあるが、朝までやっているファミレスを行き先にと、運転手に伝えた。
男がそのあと、どうしたのかは知らない。
彼女が言うには、男は動転していたが、話ぶりからは酔っているようではなかったとか。
また、視線もまともで、クスリでキまッたやつ特有の目もしていなかったとか。
別に俺の家に上げろとか変な要求をしてくることもなかった。
ただ、明るいところを教えてくれと。
以上、信じられるかどうかわからんが、とにかくこの間あった変な出来事。
気持ち悪いから、どこの家だとか詮索する気もない……
(了)