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短編 r+ ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

自分の葬式を聞いた話 rw+7,454

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夜、薄闇を裂くようにして蛍光灯の明かりが街を漂白していた。

光は路面を白く削り、影だけがやけに濃く残る。眠れなかった。喉が焼けるように乾き、部屋の空気が薄く感じられた。時計は午前二時を少し回っていた。

近所のコンビニまで歩くことにした。車も人もほとんどいない。アスファルトは昼間の熱を失い、靴底越しに冷たさだけを伝えてくる。信号は無意味に赤と青を繰り返し、誰もいない交差点を律儀に支配していた。

角を曲がった瞬間、視界が裂けた。鋭い光。耳を抉るような急ブレーキ音。何かがこちらへ迫る。逃げるという判断すら間に合わなかった。身体が浮いたのか、地面が跳ね上がったのか、区別がつかない。世界が横倒しになり、蛍光灯の白が一面に広がった。

そこで途切れた。

次に目を開けたとき、白い天井があった。無機質な板目。規則的な染み。鼻の奥に消毒液の匂いが刺さる。身体は鉛のように重いのに、意識だけがやけに澄んでいる。事故だ、と理解した。死ななかったのだ、と。

ベッドから足を下ろすと、床の冷たさが直に伝わった。点滴の管も酸素マスクもついていない。ナースコールの位置がわからず、ふらつきながら廊下へ出た。

静まり返っている。夜勤の気配がない。電子音だけが遠くで規則正しく鳴っている。心電図の音だろうか。どこから聞こえているのか判然としない。

角を曲がると、見慣れた背中があった。従兄弟の家族だ。叔父、叔母、従妹。椅子に並んで座り、低い声で話している。僕の事故を聞いて来てくれたのだと思い、胸の奥が緩んだ。

「ありがとう、来てくれたんだね」

声をかけた。誰も反応しない。もう一度、名前を呼んだ。視線は一度もこちらを向かない。会話は途切れず続く。

「明日、会社に連絡しないと」
「保険はどうなってたかしら」
「まだ二十代だったのに」
「式場、空いてるかな」

言葉は淡々としていた。悲鳴も嗚咽もない。段取りの確認だけが進む。

「ちょっと待ってよ」

腕に触れようとした。指先が、すり抜けた。触れた感触がない。確かにそこにいるのに、こちらだけが空気のようだった。

廊下の突き当たりに、半開きのドアがある。自分の名前がプレートに書かれていた。妙な違和感を覚えながら、押し開けた。

ベッドがある。機械が並んでいる。酸素マスク。点滴。胸に貼られたパッド。規則的に上下する胸部。

そこに、僕が横たわっていた。

目は閉じられ、唇は青い。血の気がない。まるで、すでに終わっているもののように静かだった。

耳元で、先ほどの電子音が鳴っている。ピッ、ピッ、と。

廊下にいる僕と、ベッドの上の僕。そのどちらが本物なのか、考える余地はなかった。ただ、どちらかが余計なのだと直感した。

戻らなければ、と思った。身体に重なろうとした。けれど距離が測れない。近づいているはずなのに、わずかにずれていく。焦りが膨らむ。

そのとき、背後で声がした。

「まだ、話は終わってないよ」

振り返ると、廊下の椅子に座る叔母が、こちらを見ていた。確かに目が合った。けれど、その視線は僕を通り越して、ベッドのほうを見ているようでもあった。

「ちゃんと決めないとね」

何を、と聞き返したつもりだったが、声が出ない。口の動きだけが空を切る。

再び病室を見ると、ベッドの上の僕の胸が、わずかに動きを止めていた。電子音が、間延びする。ピ――――。

「今よ」

誰かがそう言った気がした。

その瞬間、強い光に引き戻された。

目を開けると、朝だった。窓の外が白んでいる。看護師が涙を浮かべている。医師が「峠は越えました」と告げる。心臓が止まりかけたらしい、と。

家族は安堵の表情を浮かべていた。叔母は僕の手を握り、「本当に良かった」と言った。その手は確かに温かい。

だが、指先に触れた感触が、あの夜と違っている気がした。

退院後、従兄弟の家族と顔を合わせた。誰も葬式の話などしていないと言う。そんな相談をするはずがない、と笑う。

あの廊下の会話を覚えているのは、僕だけだ。

それでも、ときどき確信する。あの夜、決められかけたのだと。僕がこちら側に残るかどうかを。

今も、病院の前を通ると、電子音が聞こえる気がする。夜のコンビニに向かう途中、交差点の角を曲がるとき、背後で誰かが囁く。

「次は、ちゃんと決めよう」

あのとき、戻れたのは偶然だったのか。それとも、誰かが手続きを間違えただけなのか。

生きているという実感が、ふと薄くなる夜がある。

そのたびに思う。

本当に戻ってきたのは、どちらなのだろうか。

(了)

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