あれは『コトリバコ』という言葉が、まだ生き物みたいにネットを徘徊していた頃の話だ。
思い出話として語るには、後味が悪すぎる。
今でも、あのとき笑っていた自分の顔を、はっきり思い出せてしまう。
最初に言いだしたのはKだった。
「この流れに乗ってさ、自称霊感女をビビらせてやろうぜ」
誰も止めなかった。
Aと呼ぶその女は、霊感を理由に他人の人生に首を突っ込んでは、場を引っ掻き回すタイプだった。
被害を受けた人間が少なからずいて、俺たちはいつの間にか「やっていい理由」を共有していた。
小道具を作ったのはYだ。
地味で無口な男だったが、妙に手先が器用で、アクセサリーを作るのが趣味だった。
Yが用意したのは、黒漆の棗だった。
茶道具としては上等な部類らしい。
表面には細い釘跡と、意味を成さない線が彫られていた。
中には偽物の指。血糊。古布。
笑いながら眺めていた。
この時点で、何かがもう歪んでいたのだと思う。
仕掛けは単純だった。
Kが「実家の蔵から変なものが出てきた」と話を流し、Aが食いつくのを待った。
Kの実家は、江戸期の武家屋敷跡。
作り話にしては出来すぎていた。
数日後、ファミレスで集まった。
Kが棗をテーブルに置いた瞬間、Aの顔色が変わった。
「……これ、触っちゃダメなやつ」
彼女は、コトリバコの話をなぞるように語り始めた。
俺たちは内心で嗤っていた。
俺が蓋に手をかけた。
固い。
力を入れても、びくともしない。
作った本人のYが首を傾げていた。
そんな細工はしていない、と。
そのときだった。
気配もなく、テーブルの横に男が立っていた。
年齢不詳。
妙に整った顔。
目だけが冷たかった。
「あんた、それ開けるな」
男は棗を掴み、俺の手から引き剥がすように奪った。
一瞬、抵抗しようとして、できなかった。
理由は分からない。ただ、体が言うことをきかなかった。
「どうせいらねえだろ」
そう言って、男は棗を持ったまま店を出た。
追いかけようとしたが、誰も立ち上がらなかった。
あとから来た連れらしい人物が、軽く頭を下げて「悪いね」と言っただけだった。
棗が消えた途端、Aは泣き崩れた。
理由は分からない。ただ「助かった」と繰り返していた。
それで終わるはずだった。
数日後、会社を出たところで弟に呼び止められた。
隣に、あの男がいた。
弟の大学の同級生だという。
それ以上の説明はなかった。
男は俺を見て、ひとつだけ言った。
「作るの、やめさせた方がいい」
意味が分からず黙っていると、続けた。
「中身が偽物でも、作る手に悪意があると、近づくんだよ。本物に」

その言い方が、妙に引っかかった。
近づく。
なる。
ではない。
数日後、Yが死んだ。
自宅で倒れていた。
原因不明。
通夜の席で、俺は気づいた。
Yのアクセサリーを、誰も身につけていない。
後日、あの男がまた現れた。
「回収させてください」
理由は言わなかった。
俺たちは言われるまま、Yの作品を集めた。
触れた瞬間、違和感があった。
冷たいわけでも、重いわけでもない。
ただ、離したくない感覚が指に残る。
男は無言で選り分け、いくつかを持っていった。
全部ではなかった。
「全部じゃないんですか」と誰かが聞いた。
男は少し考えてから言った。
「もう場所を変えたやつがある」
その意味を、俺は後になって思い知る。
Yの指輪を受け取ったのは、Aに好意を寄せられていた男と結婚した、まったく無関係な友人だった。
本人は知らない。
ただ、気に入ったから嵌めているだけだ。
狙ったのか。
偶然か。
分からない。
最後に男は言った。
「作る手は、意志とは別に動く。気づく前でも、作れてしまう」
それ以来、俺は物を捨てられなくなった。
理由は分からない。
自分が何かを作った覚えもない。
それでも、引き出しの奥に、見覚えのない小さな物が増えている気がする。
……ああ、そうだ。
二回目の出来事もある。
だがそれは、俺の話じゃない。
少なくとも、そう思っている。
[出典:747 :本当にあった怖い名無し:2013/10/22(火) 14:57:31.86 ID:IN4OURJG0]