楡井さんからその話を聞いたのは、冬の終わりだった。
居酒屋の奥、暖房の効きが悪い席で、彼は酒もあまり飲まず、淡々と語った。感情を挟まない。そのことが、かえって異様だった。
大学時代、仲の良かった連中が五人いた。楡井さんと、鍋倉さんを含めて五人。夜になると集まり、酒を飲み、行き場がなくなると車で山の方へ行った。肝試しと呼ぶほどの目的もなく、ただ何かを壊したかったのだと思う、と楡井さんは言った。
問題の廃屋は、米里という集落の外れにあった。誰の持ち物かも知らない。もう何年も人が住んでいないことだけは、見ればわかった。戸は外れ、畳は腐り、獣の糞が転がっていた。そこで誰かが言い出した。「燃やしてみるか」
ライターとガソリンがあった。深く考えなかった。火がつくと、思った以上に勢いよく燃えた。柱が鳴り、天井が落ち、闇が赤く照らされた。その光の中で、鍋倉さんが一人、黙って立っていた。逃げろと叫ぶ声がした時、すでに火は回っていた。
全員無事に逃げた。通報もしなかった。翌日、跡地は黒い塊になっていた。新聞沙汰にはならなかった。誰も責任を取らなかった。そこで終わった話だと、当時は思っていた。
最初におかしくなったのは、別の一人だった。就職して一年目、原因不明の事故で亡くなった。次は病気。次は失踪。偶然だと片づけるには、続きすぎていた。楡井さんは、自分たちが集まらなくなった理由を、誰も口にしなかったと言った。
鍋倉さんだけは、生きていた。荒っぽく、仕事も転々としていたが、連絡を絶つことはなかった。正月や盆になると電話が来た。「元気か」それだけだ。楡井さんは、その声が次第に変わっていった気がすると言った。低く、間が空くようになった。
最後の連絡は、深夜だった。着信は何度もあったが、楡井さんは出なかった。翌朝、警察から連絡が来た。山中の駐車場で、車内から発見された。練炭が使われていた。携帯電話は助手席に落ちていて、履歴には楡井さんの番号が並んでいた。
葬儀の後、楡井さんは夢を見た。鍋倉さんが立っていた。あの廃屋があった場所だという。雑草に囲まれ、何もない場所で、鍋倉さんは黙ってこちらを見ていた。顔ははっきりしない。ただ、目だけが妙に冷たかった。
声をかけようとした瞬間、視界が暗くなった。気づくと、車の中にいた。運転席ではなく、後部座席だった。前を見ると、鍋倉さんがハンドルを握っている。振り返らない。車は動いていないのに、煙の匂いがした。
それから、同じ夢を見るようになった。毎回、少しずつ違う。立っている場所が近づく。車内の煙が濃くなる。ある夜は、ドアノブに手をかけていた。目が覚めると、喉が焼けるように痛んだ。
楡井さんは、それ以上は語らなかった。ただ一つ、「終わった感じはしない」と言った。廃屋の跡地には、今も誰も近づかない。草は伸び放題で、焦げた匂いがすると言う者もいるらしい。
火は消えた。だが、燃えたものが何だったのかは、誰も確かめていない。
(了)