十一年前、十八だった私が初めて夫の家に行った日のことを書きます。
当時の夫は父親と揉めていて、実家には戻らず祖母の家で暮らしていました。私が遊びに行くのもいつもそこでした。だから夫の「家」と呼ばれる場所に、私は一度も入ったことがなかった。
交際から一年ほど経った頃、夫と父親が和解したらしく、夫は実家に戻ることになりました。その流れで、ようやく私も招かれたのです。
大通りから一本、脇に入っただけでした。距離なら近い。けれど曲がった瞬間、皮膚の内側から鳥肌が立って、口の中が冷たくなりました。理由は説明できない。ただ、足が勝手に遅くなる。
地区の入口に、古い看板がありました。塗装が剥げて文字が痩せているのに、言葉だけはやけに強かった。
禁足地につき立ち入り禁止。
看板の横に、荒れた柵で囲われた一角がありました。中は草が伸び放題で、地面だけが不自然に固く見えました。夫に小声で聞くと、彼は笑って、軽い調子で言いました。
「この辺、防空壕が多いんだよ。上の方に無縁仏もあるし」
冗談みたいに言うのが、逆に怖かった。私は気にしすぎだと自分に言い聞かせて、夫の後ろを歩きました。
家は普通でした。外壁も庭も、手入れされている。近所の家と変わらない。なのに、近づくほど呼吸が浅くなりました。視線を感じるのに、見られている方向が分からない。背中だけではなく、足元からも、天井の高さからも、同じ密度の気配が押してくる。
玄関で迎えてくれた夫の母は、驚くほど美しい人でした。声は柔らかく、気遣いも丁寧で、初対面の緊張がほどけてもおかしくないのに、私の身体だけが固いまま戻らない。室内は掃除が行き届いているのに、空気が澱んでいる感じがした。湿っているわけでも、臭うわけでもない。なのに喉の奥に、薄い埃みたいなものが貼りつく。
その日は短時間で帰りました。駅に向かう道で、急に身体が軽くなった。振り返ると、地区の入口の看板が遠くに見えて、そこでようやく肩の力が抜けました。
それから私は、理由もなく夫の実家を避けるようになりました。夫に誘われても、別の場所で会うようにして、あの脇道だけは踏まない。踏みたくなかった。
五年後、私たちは結婚を決めました。婚約期間に「花嫁修業」と称して、夫の実家で暮らすことになりました。拒める雰囲気ではなかったし、私自身も、逃げ続けるのは弱いと思った。初めて足を踏み入れた日の違和感に、決着をつけたい気持ちもあった。
引っ越しの荷物を運び込んだ初日の夜、私は眠れませんでした。物音ではない。静けさが、妙に硬い。布団の中で息を整えようとすると、家そのものが息をしていない感じがした。
二日目の午後、姑と二人でリビングにいたときです。二階から、誰かが歩き回る足音がしました。バタバタと慌ただしい。引き出しが開いて閉じる。ドアが閉まる。生活の音で、無遠慮で、はっきりしていました。私は立ち上がりかけましたが、姑は笑って言いました。
「みっちゃんが来てからだよね。霊感あるから、見えるのかな」
笑い方が軽すぎて、私は動けなくなりました。姑は一度も二階を見上げない。視線を動かさないまま、お茶を淹れていました。
それから先は、散発ではありませんでした。規則があるみたいに繰り返されました。
夜、廊下のすりガラス越しに、舅そっくりの影が立っている。影はいつも、ガラスの向こう側からこちらを見ているように見える。舅本人が隣の部屋にいるはずでも、影は立っている。影が動くのではなく、こちらが動くたびに位置関係がずれていく。
外を歩いていると、どこからともなく複数の足音が追ってくる。振り返っても誰もいない。足音だけが数を増やし、距離を詰めてきて、気づけば禁足地の前で止まる。止まった瞬間、私の足も止まる。身体の内側が冷えて、頭の中だけが妙に澄む。逃げてもいいはずなのに、逃げるという選択肢が消える。目を逸らすと、逸らした方向に看板がある。入口はそこだけではないのに、必ずそこへ戻される。
夫や友人たちと麻雀をしているときも、玄関の開閉音がする。誰かが二階へ上がる。確認しても誰もいない。けれど、戻って席につくと、牌の並びが変わっている。誰かが触ったと言うほど劇的ではない。ほんの少し、悪意のない手癖みたいにずれている。それを指摘すると、場がしんとなる。誰も「変だ」とは言わない。言わないまま、次の局が始まる。
気づけば、この家には誰も居つかなくなっていました。舅も姑も夫も、夜にしか家にいない。休日も家で休まない。目的もなく外に出て、夜遅く帰る。妹は高校卒業以来、帰省しても家に入らず外で食事だけして帰る。それが習慣みたいになっていた。
家族全員が、何かを避けているのに、何を避けているかを言葉にしない。言葉にした瞬間に、何かが確定するのが怖いみたいでした。
そのうち舅が体調を崩し、仕事を辞めました。家の中で会話が消えていく。夫の表情も変わっていきました。最初は疲れているだけだと思った。けれど、ある日、夫の目がまったく別の場所を見ているのに気づきました。私の顔を見ていない。私の背後を見ているのでもない。部屋の角の、空気の溜まるところを、長い時間見つめている。
その夜から、夫は突然荒れるようになりました。何かが入ったみたいに暴れて、壁を殴る。ガラスを割る。私に手が出る。本人は翌朝、細部を覚えていない。覚えていないのに、手の甲に血がついている。指の関節が腫れている。私の腕に痣がある。
私は体調を崩しました。喘息が出て、家にいると咳が止まらない。吸入薬が効きにくい。毎日のように鼻血が出る。さらに奇妙なのが静電気でした。冬でもないのに、触れるたびにバチッと鳴って、暗い廊下で火花が見える。自分の身体が発電しているみたいだった。
冗談半分で塩を置いたことがあります。玄関とキッチンに小皿で盛りました。翌朝、キッチンの塩は石みたいに固まり、玄関の塩は誰かに踏み潰されていました。足跡は残っていないのに、中央だけが扁平に崩れていて、皿の縁が欠けていました。誰も触っていないと言う。触ったなら触ったでいい。触ったと言ってほしかった。
ある日、姑が突然怒鳴りました。
「アイツがいるから全部ダメになったんだ」
アイツが誰か、説明はありませんでした。そのまま姑は離婚届を置いて家を出ました。私は同居を解消し、家を出ました。逃げたと言われてもいい。ただ、あの家の中では、私の身体が壊れるのが分かった。
家を出た瞬間から、鼻血は止まり、喘息も嘘みたいに消えました。静電気だけは残りました。季節も湿度も関係なく、火花が見える程度の強さで続いた。家を出たのに、そこだけが残った。
二ヶ月ほど経った頃、姑から連絡がありました。謝りたいと言われ、食事をしました。姑は「あなたのせいじゃない」と繰り返し、そして一度だけ、ぽつりと呟きました。
「あの家は、誰か一人を置いていかないと落ち着かないのかもしれない」
私は聞き返せませんでした。姑もそれ以上言いませんでした。
帰り道、ふと思って二人で家の様子を見に行きました。鍵もないし、入るつもりはない。洗濯物が干してあれば生活していると分かる、その程度のつもりでした。
家の前に着いて、私たちは言葉を失いました。庭は荒れ、玄関のガラスは割れたまま。雨風が吹き込む状態で放置されている。生活感がないのに、空気だけが濃い。誰もいないのに、「誰かがいる」感じだけが残っていました。
隣家の奥さんに声をかけると、彼女は明るく挨拶しました。私たちが家を出たことも、姑が離婚したことも知らなかった。近況を話すと、奥さんの顔が曇りました。
夜遅くにならないと夫と舅は帰ってこない。家からガラスの割れる音や、女の悲鳴みたいな声がすることがある。けれど翌朝は普通に出勤している。しかも家の中に、女の姿が見えることがあった。奥さんは私がまだ家にいると思っていた、と言いました。
私は背中が冷えました。私はあの家で、男の影ばかり見ていたからです。夫が言っていた「女の気配」と、奥さんの「女の姿」は、私が見たものと噛み合わない。噛み合わないのに、同じ場所を指している。
その夜、私は忘れ物を理由に一人で家へ行きました。夫の車がガレージにある。チャイムを鳴らしても応答がない。二階にいるのだと思って、ドアノブに手をかけた瞬間、強烈な静電気が走り、手がしびれました。火花が見えました。いつもの静電気ではない。手のひらの内側を、何かが叩いたみたいに痛かった。
そのまま開けようとしたとき、全身の毛が逆立ちました。視線を感じて顔を上げると、割れた玄関ガラスの向こうに人影がいました。暗い中でこちらを見ている。夫かと思った。でも夫の輪郭ではない。夫に似ているのに、決定的に違う。私の身体が「違う」と言う。
私は車に逃げ込み、共通の友人Aに電話しました。Aは過去に家で妙なことを経験していて、玄関で人影と目が合ったと言うと黙りました。それでも来てくれました。
二人で戻ると、舅の車も停まっていました。チャイムを鳴らすと舅が出て、Aが「忘れ物を取りに来ました」と言うと、あっさり通されました。舅の目は、奥が抜けていました。怒っているのでも、疲れているのでもない。ただ、焦点が合っていない。
二階の夫の部屋の前に立つと、隙間から光が漏れていました。Aが扉を開けた瞬間、ふわりと白いモヤが流れてきました。煙でも蒸気でもない。匂いがしない。息を吸うと肺の奥が冷える。
部屋の中で、夫がベッドに座っていました。ぼんやりと一点を見て、瞬きをしない。こちらを見ても反応がない。壁には殴った跡が無数にあり、穴が開き、血の跡みたいなものが点々と残っていました。私は夫の肩に触れた瞬間、また静電気が走りました。夫は小さく震えて、ようやく目を動かし、私ではなく、私の背後を見ました。
Aが夫を引きずるように連れ出しました。夫は抵抗しませんでした。抵抗しないのに、階段を降りる足だけが重い。まるで家が足首を掴んでいるみたいに見えました。
Aの家に泊まらせることになり、その晩、私は姑に電話しました。姑は泣きながら言いました。
「私が出たから、あの子がああなった」
私は否定できませんでした。私も家を出て楽になった。姑も家を出て落ち着いた。残ったのは男二人だけ。誰か一人を置いていかないと落ち着かない、という姑の言葉が、やけに具体的に刺さりました。
一週間ほどで夫は落ち着き、Aの家と職場の往復を続けるうちに、顔色も戻りました。三人で会ったとき、夫は深く頭を下げました。
「実家にいると、壊したくなる。気づくとガラスを割ってる。壁を殴ってる。みっちゃんを殴らなきゃって思ってる。理由はないのに、そうしないと落ち着かない。自分が怖い」
夫は「女の気配がずっとある」と言いました。女がいる、とは言わない。ただ、気配だけがある。私は隣家の奥さんの話を思い出して、何も言えませんでした。
夫は実家を出て賃貸に移り、嘘みたいに穏やかになりました。暴力も、怒鳴り声も消えました。私はそこから三年かけて、もう一度婚約し、結婚しました。
ここまでなら、「家を離れれば終わった話」で済んだと思います。
でも終わっていません。
私の静電気は、今も続いています。火花が見えるほどの強さで、季節も湿度も関係なく起きる。職場でも、コンビニでも、初対面の人に「痛い」と言われることがある。
それだけなら体質で片づけられます。
片づけられないのは、火花が強くなる場所があることです。
あの脇道です。
近くを通るだけで、車のハンドルから一度、手が弾かれました。赤信号で止まったとき、ラジオが一瞬だけ砂嵐になり、知らない女の声みたいな音が混じった。窓を閉めているのに、外から複数の足音が近づいてくるように聞こえた。
私はそれ以来、あの地区の前を通らないようにしています。
なのに、帰宅して玄関の鍵に触れるたび、火花が大きくなる日があります。決まって、夫が「今日は実家の近くまで行った」と言った日の夜です。舅はまだあの家に住んでいる。夫は用事があると、たまに近くまで行く。それだけです。家には入っていないと言います。入っていないはずです。
夫が帰宅して、私の手を取ろうとすると、夫の指先でも火花が飛びます。私だけではない。夫も、同じ体質になっている。
先月、夫のスマホの写真フォルダに、見覚えのない一枚が入っていました。深夜の路地の写真で、画面の端に、古い看板が写っていました。禁足地につき立ち入り禁止。夫は「撮った覚えがない」と言いました。位置情報はオフになっていました。撮影時刻だけが残っていて、そこだけが妙に正確でした。午前二時十三分。
その時間、夫は隣で寝ていたはずです。
私は今でも、玄関の割れたガラス越しに見た人影の顔を思い出そうとすると、思い出せません。輪郭だけが浮かぶ。男だった、という確信だけが残る。女の気配、と言われると、逆に納得してしまう自分がいる。それがいちばん嫌です。自分の認識が、こちらの都合で形を変えてしまう。
関わったのが悪かったのか、場所が悪かったのか、家が悪かったのか。そういう話にしてしまうと、安心して終われます。
でも、私の身体は終わっていません。
火花が見えるほどの静電気は、いまも私の指先に残っています。触れたものに痛みを渡すたび、あの家の玄関で感じた視線が、まだこちらを見ている気がします。あのとき私が見たものが男だったのか女だったのか、それすら確かめられないまま、ただ「近づいた」という事実だけが残っている。
私の体質が変わったのではなく、私のほうが、何かの側に寄せられたのだと思います。
引っ越したのは家族のほうで、私はまだ、あの脇道から出られていない。
[出典:309 :本当にあった怖い名無し:2014/10/27(月) 18:11:17.46 ID:gyMRCdo00.net]