大学で知り合った佐竹から聞いた話だ。
今から一年ほど前のことになる。佐竹から、妙な相談を受けた。内容を聞いても、うまく言葉にできないらしく、ただ「変なんだ」と繰り返していたのを覚えている。
ある日、佐竹の携帯に突然電話がかかってきたという。
「おー、佐竹くん!俺だよ、国井!小学生の時の同級生!」
最初は思い出せなかったそうだ。佐竹の通っていた小学校は生徒数が多く、国井という名前に特別な印象はなかった。ただ、電話口の男はやけに饒舌で、昔のクラスの話や運動会の出来事、担任の癖まで次々と挙げてきた。話を聞くうちに、ぼんやりと顔が浮かんできたという。
「久しぶりだな。どうしたんだ?」
そう返すと、間を置かずに言われた。
「今度、会えないかな」
妙だと思ったらしい。国井とは、当時ほとんど話した記憶がない。それなのに、妙に距離が近い。だが結局、断りきれずに会う約束をしてしまった。
電話を切った後、佐竹は卒業アルバムを引っ張り出した。国井という名前は確かにあった。写真の顔も、電話越しに想像したものと一致している。ただ、そこでひとつだけ引っかかった。
なぜ、電話番号を知っているのか。
約束の日、指定された店に入ると、客はほとんどいなかった。奥の席に一人、男が座っていた。佐竹は、その時点で足を止めたという。
どう見ても、国井ではなかった。
男は大柄で、体格も顔立ちもまるで違う。目が合うと、男はにこやかに手を振った。
「おー、佐竹くん!久しぶり!」
声は、確かに電話の声だった。
席に着くまでの間、佐竹はほとんど覚えていないと言っていた。コーヒーを頼み、当たり障りのない会話を交わしたらしい。男は昔話をするが、どれも要点だけをなぞるようで、細部が曖昧だった。間違ってはいないが、どこか薄い。
しばらくして、男が急に立ち上がった。
「じゃあ、これから行こう」
行き先は言わなかった。
佐竹が断ると、男は少し首を傾けた。
「さっき、行くって言ったよね」
その言い方が、妙に耳に残ったそうだ。佐竹は適当な理由をつけて店を出た。その後、何度か着信があったが、出なかった。
ここまで聞いて、俺はうまく返せなかった。何かだとは思ったが、名前をつけられるものではなかった。
数日後、佐竹と連絡が取れなくなった。
それから一年が経つ。警察からの連絡で、本物の国井も同じ頃に行方がわからなくなっていると知った。
そして昨日、俺の携帯が鳴った。
「おー、久しぶり!俺だよ、佐竹くん!」
声は佐竹だった。だが、話し方が少し違う。間の取り方が違う。それ以上に、胸に引っかかったのは呼び方だった。
佐竹は、俺を一度も「くん」で呼んだことがない。
「今度、会えないかな」
返事をする前に、電話は切れた。
その後、着信はない。ただ、連絡先の表示を見るたびに、名前の後ろに何か付け足されているような気がして、今も画面を長く見られないでいる。
後日談
警察には結局、何も説明できなかった。
通話履歴と行方不明者の名前を出しても、事件性は見いだせないと言われた。脅迫も金銭も要求されていない。ただの悪戯電話の可能性も否定できない。そう言われて終わった。
それから、佐竹からの連絡は一切なかった。
着信も、非通知も、知らない番号もない。日常は、何事もなかったように戻った。
半年ほど経った頃、小学校の同窓会名簿が実家から送られてきた。母が整理していたらしい。何気なく眺めていて、手が止まった。
国井の欄が空白だった。
転居先も、連絡先も書かれていない。他の行方不明者には「不明」と注記があるのに、国井だけが、最初から載っていないような配置だった。
気になって、同級生数人に聞いてみた。
誰も、国井と親しく話した記憶がないと言う。顔も曖昧だ。卒業アルバムを見せても、名前を読んで首を傾げるだけだった。
「そんなやつ、いたっけ」
その夜、携帯が鳴った。
登録されている番号だった。
表示された名前は、俺自身のものだった。
出なかった。
呼び出し音は途中で切れた。
翌朝、着信履歴は残っていなかった。ただ、連絡先の自分の名前が、微妙に変わっていた。
姓と名の間に、何かが挟まっているように見えた。
文字ではなく、呼び方のようなものが。
それが何だったのかは、今でもはっきりしない。
ただ一つ言えるのは、最近、古い知り合いから電話がかかってくると、名乗られる前に、まず呼び方を確認するようになったということだ。
くん付けかどうかを。
(了)