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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026

手が足りた日 nc+

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私の祖母はいわゆる見える人だったらしい。

そう自分で名乗ったことは一度もないが、おばあちゃん子だった私は、折に触れて祖母の口から、怖い話とも不思議な話ともつかない出来事を聞かされて育った。これは、その中のひとつだ。

年の瀬が近づくと、私の実家では決まって餅つきをした。
今でこそ機械だが、私が中学生の頃までは、臼と杵を使う昔ながらのやり方だった。正月に食べる餅は、年内に搗き終えておかねばならない。大晦日は台所も仏間も立て込み、余計な作業を増やしたくなかったからだ。

餅つきの日は、朝から家の中が湿った湯気と米の匂いに満たされた。蒸し器の蓋を取るたび、白い蒸気が立ち上り、冷たい外気に触れてすぐに重たく沈む。指先がかじかみ、粉をまぶした掌がひび割れそうになる。それでも作業は止められなかった。

父の妙なこだわりで、親戚や近所の子どもまで集めていたから、一家庭の行事とは思えない賑わいだった。
餅を搗くのは男手、丸めるのは女と子ども。臼から上がった餅を切り分けるちぎり手と、形を整える揉み手に分かれる。ちぎり手は簡単そうに見えて案外難しく、力の入れどころを間違えるとすぐに歪む。祖母と母がその役を担い、私は気楽な揉み手に回っていた。

その年、臼を運んでいた母が、ぎっくり腰をやった。
一瞬で動けなくなり、その場にしゃがみ込んだ母を見て、延期の話も出た。しかし、すでに子どもたちは集まり、蒸し器の火も入っている。年内に終わらせねばならないという空気が、誰の口からも言われぬまま場を支配していた。

結局、母抜きで決行することになった。
祖母がちぎり手を一手に引き受け、私は揉み手と子どもの監督を兼ねる。餅は待ってくれない。粉が足りなくなればすぐ補い、臼の縁についた餅を剥がし、蒸し器の様子も見る。あちこちから声が飛び、誰かが転び、誰かが粉だらけになる。頭の中は騒然としていた。

「手があと四本いるなぁ」
祖母が苦笑しながら言った。
その言葉が冗談だったのかどうか、今ではわからない。

三臼目の餅が上がった頃、私は右隣に違和感を覚えた。
自分の手元よりも、明らかに仕上がりが早い。しかも、妙に均一だ。家ごとにある癖――角を少し残すだとか、底を平らにするだとか――そういうものがない。ただ、黙々と同じ形が生まれていく。

顔を上げかけた私に、祖母が低く言った。
「見たらならんで」
向かいで餅をちぎりながら、視線を上げないまま続ける。
「放っちょきよ。手伝ってくれちょるんやけん」

声に迷いはなかった。私は何も言えず、また手元に視線を落とした。

次はあんこ餅だった。
用意していたあんこ玉を餅で包むと、遊んでいた子どもたちが一斉に戻ってくる。私の右側には、ポニーテールの近所の小学生が来ていた。あんこを餅で包んでいるのか、餅をあんこで包んでいるのか分からない塊を楽しそうにこねている。

その子と私の間、ほんの数センチの隙間で、確かに作業が進んでいた。
小さなため息のような気配。肩に触れる、わずかな重み。
恐怖はなかった。ただ、そこにいると知っている感じがあった。

「それ、自分で食べるんで」
試しに声をかけると、少女は「はーい」と笑った。
自分のすぐ横で、誰の癖でもない、見事なあんこ餅が並んでいることに気づく様子はなかった。

最後はヨモギを混ぜたかき餅だった。
板重に流し、乾かすだけの作業になると、揉み手もいらなくなる。私はようやく腰を下ろし、深く息を吐いた。

それに重なるように、右隣からも、小さな息が聞こえた。
横を見ると、そこにはもう誰もいなかった。

「かき餅には、人手はいらんけんな」
祖母は一人で納得したように言った。

作業が終わり、子どもたちを帰したあと、祖母は私に茶を三つ用意させた。
できたばかりのあんこ餅を小皿に取り、ひとつを自分に、ひとつを私に、最後のひとつを部屋の隅に置く。座布団も添えた。

「あのとき、隣におったんは誰なん」
私が聞くと、祖母はあっさり言った。
「すけさんよ」

忙しくて手が足りないとき、昔から来てくれる存在だという。
祖母が若い頃、田植えや稲刈りで人手がどうしても足りない日に、夕方になると仕事が終わっていたことが何度もあったらしい。誰かが手伝った形跡はない。ただ、片が付いている。

「昔はお礼を忘れた家があってな。次から、来てくれんようになった」
祖母はそう言って、部屋の隅を見た。

餅つきはその年を最後に、大勢でやることはなくなった。
翌年からは機械を入れ、静かな年中行事に戻った。

最初の機械餅の日、祖母が丸めた餅の中に、ひとつだけ妙に整ったものがあった。
誰も何も言わなかった。
その餅は、結局、誰も手を付けなかった。

[出典:怖い話&不思議な話の投稿掲示板/投稿者「凪 ◆gRc5iHyE」 2018/12/27]

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