昔、中学生くらいの頃の話だ。
その頃、私は夜が苦手だった。暗いのが怖いというより、静かになるのが嫌だった。家が古く、夜になると音が途端に減る。遠くを走る車の音も消え、風が止まると、世界から自分だけが切り離されるような気がした。
だから寝る前は、必ずラジオをつけていた。音量は小さく、タイマーをかけて、眠りに落ちるまでの間だけ世界とつながっているための細い糸みたいなものだった。
私のベッドは壁にぴったりとつけてあった。頭側も横も壁で、逃げ場がない配置だ。寝返りを打つと、必ず壁に肩や肘が触れる。その感触が、なぜか落ち着かなかった。
いつ頃からだったか、枕元に人の気配を感じるようになった。
誰かが立っている、というより、壁の向こう側に「いる」。こちらを見ているような、見ていないような、判断のつかない存在感だった。音はしない。息遣いもない。ただ、視線だけがある気がした。
怖くはなかった。少なくとも最初は。
夜になるとそういう感覚になるだけで、昼間には何も残らない。夢と現実の境目が曖昧な年頃だったから、気のせいだと決めつけることもできた。
ラジオはいつも通り流れていた。トーク番組、ニュース、知らない曲。ぼんやり聞き流しながら、まぶたが重くなっていく。
変だと気づいたのは、サザンオールスターズの曲が流れた時だった。
曲名までは覚えていない。ただ、イントロが流れた瞬間、枕元の気配が少しだけ近づいた気がした。そして、聞こえた。
鼻歌だった。
はっきりとした歌声じゃない。音程も曖昧で、歌詞も判別できない。ただ、曲のメロディに合わせて、確かに「一緒に歌っている」。私のすぐ横で。
身体が固まった。ラジオの音量を上げる勇気も、振り向く勇気もなかった。耳だけが勝手に働いて、ラジオと、それ以外の音を必死に聞き分けようとする。
鼻歌は、曲が終わるまで続いた。
曲が終わり、DJの声に切り替わった瞬間、すっと消えた。
その夜は眠れなかった。でも、何かを見たわけじゃない。触れられたわけでもない。ただ音がしただけだ。翌朝になると、現実味は薄れていった。
それからも、枕元の気配は続いた。
毎晩ではない。週に一度か二度、思い出したように現れる。何もせず、何も言わず、ただそこに「ある」。
サザンの曲が流れた時だけ、鼻歌が聞こえた。
いつも同じ距離。いつも同じ音量。
私が息を止めても、耳を塞いでも、メロディは途切れなかった。
不思議なことに、怖さは次第に薄れていった。
むしろ、確認するようになっていた。
今夜も来るだろうか。
今日は歌うだろうか。
「見る」ことは一度もなかった。
どんなに目を凝らしても、そこには壁しかない。
だが「聞く」ことは、確かにあった。
ある夜、ラジオのタイマーが切れた。音が止まり、部屋が完全な無音に沈んだ。
その瞬間、鼻歌も止まった。
私は初めて気づいた。
あれは、ラジオが流れている間しか存在しないのではないか、と。
試す勇気はなかった。
自分からサザンをかけることは、どうしてもできなかった。
やがて成長し、部屋を変え、ラジオを聞かなくなった。
枕元の気配も、いつの間にか感じなくなった。
最近になって、ふと思い出した。
あの頃、私は「聞く」ことに慣れていた。
誰にも言えない音を、自分の中で処理することに。
今でもサザンを耳にすると、一瞬だけ身構える。
歌声の隙間に、もう一つの声が混じっていないか、無意識に探してしまう。
結局、あれが何だったのかは分からない。
ただ、今でも思う。
見えなかったから、救われていたのかもしれない。
聞こえるだけなら、まだこちらの世界にいられる。
そう信じて、あの頃の私は目を閉じていたのだと思う。
[出典:634 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :04/04/12 19:14 ID:WqcT5CXi]