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四十歳の私へ nw+467-0215

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校庭の隅に立つ桜の木は、春でもあまり花をつけない木だった。

幹は途中でねじれ、樹皮がめくれあがり、触れると粉のようなものが指に残った。卒業を控えた冬の日、わたしたちはその木の根元に穴を掘り、「未来の自分への手紙」を埋めた。

担任が用意したのは薄い便箋と封筒、それを収める金属の箱だった。教室で書いた内容は思い出せない。ただ、ふざけ半分で、たいしたことは書かなかったはずだという感覚だけがある。封をした封筒を抱え、クラス全員で校庭へ出た。土を掘り、箱を沈め、スコップで均した。その一連の動作が、なぜか記憶の奥にくっきり残っている。

三十歳のとき、同窓会でその話を持ち出した。

「桜の木の下に埋めたやつ、覚えてる?」

空気が止まった。誰もが首をかしげ、笑いながら否定した。そんなことはしていない。タイムカプセルなど埋めていない。担任もそんな行事はしていないはずだと言う者までいた。

わたしは酔っていたのだろうと、自分に言い聞かせた。しかし、その夜から記憶が少しずつ曖昧になった。校庭の位置、桜の木の形、箱の色。思い出せるはずの細部が、触れるたびに崩れていく。

四十歳の年、母校が増築されることになり、工事中に古い金属箱が掘り出されたと連絡があった。わたしたちは再び集められた。

不思議なことに、誰もが「ああ、あれか」と自然に口にした。三十歳の同窓会では完全に否定していたはずなのに、まるでずっと覚えていたかのような口ぶりだった。誰も矛盾を指摘しない。わたしも何も言わなかった。

体育館の隅で箱が開けられた。封筒が一通ずつ手渡される。笑い声が上がり、照れた顔が並ぶ。だが、ある封筒が読み上げられた瞬間、空気が硬直した。

二十歳で亡くなったYの手紙だった。

「二十歳のとき、みんなはこの箱のことを忘れている。でも四十歳で思い出す。俺は二十歳でいないけど、ちゃんと当たるから見とけ」

軽い調子の文面だった。冗談にしか見えない。けれど、彼が二十歳で亡くなった事実と、三十歳で誰も覚えていなかった事実が、無言で重なった。

わたしは封筒を受け取った。見覚えのある自分の名前が、見慣れない癖で書かれている。封を切ると、そこにはこうあった。

「四十歳の私へ。私は忘れない。たとえみんなが忘れても、私だけは忘れない」

その一文だけだった。未来への夢も、激励もない。宣言のような文。

わたしはそんなことを書いた覚えがない。だが、筆跡は確かに自分に似ている。似ているが、わずかに角度が違う。止めや跳ねが、微妙にずれている。

その場では何も言えなかった。誰もわたしの手紙の内容に触れなかった。ただ、視線がわずかに逸れた。それだけだった。

帰宅してから、封筒を机に置いた。改めて裏返すと、封の部分に薄い擦れ跡がある。まるで一度開封され、再び糊付けされたような跡だった。

その瞬間、わたしは確信した。これは四十歳のわたしが初めて開けた封ではない。

誰が。

そう考えたとき、別の可能性が浮かんだ。

わたし自身だ。

二十歳のとき、三十歳のとき、あるいはそれ以外の年齢で、わたしはこの封筒を開けているのではないか。そして、そのたびに内容が変わっているのではないか。

引き出しの奥にしまってから、何度も夢を見た。校庭の桜の木の下で、穴を掘っている夢だ。掘り出されるのは金属箱ではなく、白い封筒が何十通も束になったものだ。宛名はすべて、わたしの名前になっている。年齢だけが違う。

二十歳の私へ。
三十歳の私へ。
四十歳の私へ。

どの封筒も、わたしの字で書かれている。だが、どれもわたしの字ではない。

目が覚めると、机の上の封筒がわずかに位置を変えていることがある。気のせいだと思おうとしたが、ある夜、はっきりと違和感を覚えた。封筒の重さが違う。中身は一枚のはずなのに、指先に感じる厚みが増している。

開けることはできなかった。

もし中に新しい便箋が増えていたら。もし、そこに「五十歳の私へ」と書かれていたら。

あるいは、宛名がわたし以外の名前に変わっていたら。

考えた瞬間、背筋が凍った。わたしが忘れないと宣言したあの手紙は、もしかするとわたしを固定するためのものではないか。わたしが忘れないことで、何かが成立する。誰かが忘れることで、何かが保たれる。

同窓会で誰もが思い出したあの瞬間、ほんとうに全員が同じ記憶を取り戻したのだろうか。それとも、わたしの記憶に合わせて、何かが書き換えられただけなのか。

最近、また同窓会の案内が届いた。五十歳の節目だからだという。封筒を開けたとき、一瞬だけ、自分の机の上の古い封筒と同じ紙質に見えた。

わたしはまだ、あの手紙を捨てられない。捨てれば終わるのか、それとも新しい封筒がどこかで作られるのか分からない。

ただ一つ確かなのは、わたしは忘れていないということだ。

そして、忘れないことが、本当に正しいのかどうかを、もう判断できないということだ。

[出典:159 :タイムカプセル:2008/02/17(日) 10:55:18 ID:L1LQiSZx0]

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