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白無垢ダッシュと夜の親戚筋 n+

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夏という季節には、何かと“向こう側”の空気が混じる気がする。

祖母が大往生を遂げたのも、そんな季節——お盆直前のことだった。

祖母は田舎の本家に隠居していた。農家の日本家屋で、玄関を開けると土間の匂いがまだ漂っていた。お盆の繁忙期と重なったためか、僧侶のスケジュールはすっかり詰まっており、通夜まで四日間の“待機”が発生した。親族一同、本家に泊まり込みでその日を迎えることになったのだ。

私が合流したのは、通夜の当日。駅まで迎えに来た両親は、やや常軌を逸していた。

「おばあちゃんがね、夜になると廊下ダッシュしてるの。白無垢で。めっちゃ早いの。可笑しいのよ〜」

言葉の端々に疲労と笑いがにじんでいた。父の眉は跳ね、母の目は据わっていた。

「おじいちゃんなんか、もう待ちきれないらしくてさ。夜な夜な廊下歩いてんの。普通に」

そんな冗談のような話を、親戚全員が真顔で共有している。本家の空気は異様だった。誰も眠れておらず、湿度と熱気と死の気配が空気を濁していた。

やがて私も、同じ空気に慣れてしまった。寝ずの番の夜、仏間の脇で冷酒を飲みながら、「あ、いま走ったね」などと、まるで通過する風を話題にするようなノリで“祖母”のダッシュを見送っていた。死に装束で走る婆さんを見て「おかしいねえ」などと笑いながら。

葬儀が終わり、自宅に戻ってから、ふと我に返った。棺に収まっているはずの祖母が、どうして廊下を疾走していたのか。あの時、私たちは何を見ていたのか。

幻覚だったのだろうか。それとも、集団ヒステリーの一種なのか。あるいは——。

実際、体験談をネットに書き込んだところ、「それは“犬神憑き”では?」というコメントがついた。たしかに、かつての日本には“家系に憑くもの”という概念があった。蠱毒(こどく)、犬神、蛇神など、民俗の闇に近しい存在。調べていくと、精神疾患とオカルトが紙一重で結ばれていたこともあるらしい。

だが、うちの本家は四国ではない。東北である。言い伝えも風習も異なる土地。ただ、あの家の廊下は妙に長く、妙に音が響く。トイレに行く途中、すれ違った見知らぬ男性に軽く会釈を返した。親戚だと思っていたが、あとで確認すると、誰もそんな人はいなかった。

「それね、じいちゃんだわ。つるっぱげでしょ? 今日泊まってる親戚にそんな人いないし」

そう言われたとき、自分の中の現実感がごっそりと崩れた。夜の廊下に、30年前に亡くなった祖父が歩いていた。祖母は、白無垢でダッシュしていた。わたしたちは、笑って見送っていた。

たぶん、本当にあれは、“お迎え”だったのだと思う。静かに霊的な順番を整え、祖父と祖母が再会を果たすための儀式のようなもの。あるいは、東北の夏にだけ開く、時空の継ぎ目。

笑うしかないのは、それがとても自然に見えたからだ。見慣れた廊下を、家族が、少しだけ向こうの世界から帰ってきて、また向こうへ戻っていく——そんな夜が、確かにあったのだ。

[出典:594 :おさかなくわえた名無しさん:2007/01/21(日) 01:15:47 ID:iXHenG3o]

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