昔、祖母がまだ小さかった頃の話を、生前に何度も聞かされた。
夕飯のあと、祖母はよく縁側に腰を下ろし、梅干しを指でつぶしながら昔話をした。怖がらせようとする語り方ではなかった。むしろ、どうでもいい昔の出来事を思い出すように、ぽつりぽつり話す。
その中で、何度聞いても細部が変わらなかった話がある。
「千代子が小学校に上がる前だったかねえ」
ある秋の夜、祖母は母親と二人で親戚の結婚式から帰るところだった。
月が出ていた。
丸く、妙に白い月だったという。
母親は朱塗りのお重を抱えていた。引き出物で、中には赤飯や煮しめ、蒲鉾、栗きんとんが詰められていた。祖母は子どもだったから持たせてもらえず、ただ甘い匂いだけを嗅ぎながら歩いていた。
家までは遠くなかった。
何度も通った道だった。
その一本道に、女が立っていた。
腰まである長い髪。古い柄の着物。月明かりがあるのに、顔だけはよく見えなかった。
すれ違う少し前、女が言った。
「それ、くださいな」
母親は足を止めた。
祖母を背中に隠すようにして、低い声で答えた。
「これはお祝いのものですから、差し上げられません」
女は何も言わなかった。
二人はその横を通り過ぎた。
しばらく歩いた。
百歩も行かなかったと思う、と祖母はいつも言った。
前を見ると、また女が立っていた。
さっきと同じ着物だった。
「それ、くださいな」
母親は、また断った。
祖母はそこで初めて怖くなった。
家までの道は知っている。大通りから三つ角を抜け、豆腐屋の角を曲がればすぐだ。
ところが、歩いても歩いても豆腐屋が出てこない。
同じ畑。
同じ石垣。
同じ曲がり角。
そして三度目に、また女が立っていた。
「それ、くださいな」
今度は風もないのに、女の髪だけが揺れていた。
祖母は、女の顔を見ようとした。
顔は暗かった。
ただ、目のあるあたりだけが赤く見えたという。
母親はしばらく黙っていた。
それからお重を下ろし、一段だけ取り出した。
栗きんとんの入った段だった。
女の前に置いた。
女は礼も言わなかった。
両手でそれを受け取ると、道の脇へ下がった。
二人はその横を通った。
気がつくと、豆腐屋の角にいた。
そこから先は、まっすぐ家に帰れた。
祖母はこの話をすると、決まって言った。
「狐やろかねえ。人やなかったと思うよ」
祖母の母親、つまり私の曾祖母は、昔からよく「憑かれる人」だったそうだ。
狸だの狐だの、家の者にはそう言うしかない妙なことが、何度もあったらしい。
寝込んでほとんど動けなくなることもあれば、逆に、別人のように元気になることもあった。
中でも家族が名前までつけていたものがいた。
ヒロマルという狐だった。
曾祖母が寝込んでいたある日、突然むくりと起き上がり、幼い祖母に向かって言った。
「今日はええ天気やな、千代子。わしと相撲とるか」
病人だったはずの曾祖母は、その日、縁側で祖母と相撲を取った。
力も強かった。
祖母は何度も転がされたが、怖くはなかったという。
ヒロマルが来ると、曾祖母はむしろ元気になった。
曾祖父はそれを見るのがつらかったらしく、神棚の前で泣きながら頼んだことがある。
「憑くなら、わしにしてくれ。この女を苦しめるな」
すると曾祖母が振り向き、低い声で言った。
「お前は心が汚れとる。いやじゃ」
曾祖父は黙った。
祖母はヒロマルを嫌っていなかった。
「あれは悪い狐やなかった」
そう言っていた。
曾祖母が亡くなる前の晩、祖母は夢を見たという。
ヒロマルが出てきて、
「千代子は、わしがずっと守ったる」
と言った。
祖母はその後、大きな病気もせず、百二歳まで生きた。
だから私は長いあいだ、あの夜の女から祖母を守ったのも、ヒロマルだったのではないかと思っていた。
あるとき、その話を祖母にした。
祖母は梅干しの種を口から出し、縁側の下へ置いた。
しばらく黙ってから、
「さあ、どうやろねえ」
と言った。
「でも、あの女が欲しがっとったんが、お重やったとは限らんよ」
私は聞き返した。
祖母はそれ以上、何も言わなかった。
ただ、あの夜のことを一つだけ付け足した。
三度目に女が現れたとき、祖母は怖くなって母親の手を強く握った。
その手が、ひどく冷たかった。
女のそばを通り過ぎて豆腐屋が見えたあとも、家に着くまでずっと冷たいままだったという。
[出典:14 :可愛い奥様:2020/12/14(月) 22:16:32.44 ID:opcj3/+m0.net]