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森の声を積んだ車 rw+6,211-0129

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俺の田舎は四国の高知県の山奥にある小さな集落だ。

正確には、祖母の生まれた場所で、親父の代から家族は関西に出ている。

親類の多くも村を離れ、長く疎遠だった。

俺自身も幼い頃に一度行ったきりで、足の悪い祖母は二十年以上帰っていない。思い出すこともない、ほとんど地図上の点に近い場所だった。

その村と、俺の生活が再びつながったのは、事故がきっかけだった。

大阪で免許を取り、古いデミオに乗っていた俺は、交差点で営業バンに突っ込まれ、車を廃車にした。

怪我はなかったが、金もなく、車を諦めるしかないと思っていた矢先、親父のところに一本の電話が入った。

向こうで処分予定の車があるから、引き取らないかという話だった。話は俺の知らないところで進み、数日後、陸送で届いたのは古い七一のマークⅡだった。

年式は古いが、車好きの俺には十分すぎた。ホイールを替え、車高を落とし、通勤にも遊びにも使った。二年ほど、何事もなく乗っていた。

ある日、その車の元の持ち主だった大叔父が亡くなったと聞いた。

死因は曖昧で、詳しい話は伝えられなかった。村に行く話も出たが、祖母の体調や親の仕事の都合で流れた。

俺はちょうど退職を考えていた時期で、一人なら行けると思い、車で高知に向かった。

夜明け前に着く予定だった。高速を降り、山道に入ったあたりで、急に霧が出た。濃霧という言葉では足りない。ライトが白く跳ね返り、前も横も分からない。進むのが怖くなり、道の端に車を寄せて停めた。

一服しようと窓を少し開け、タバコに火をつけた。森の匂いが流れ込んでくる。音がない。エンジン音だけがやけに大きく聞こえる。

そのときだった。

「……ア……」

どこからか、細い声が聞こえた。子どもの声に近い。最初は気のせいだと思い、カーステを切った。それでも消えない。

「……アム……」

声は近づいていた。外ではない。左右の判断がつかないまま、背中に嫌な汗が流れた。

「……アモ……」

耳元で、はっきりと。

「みつけた」

左耳に息がかかった。瞬間、体が動かなくなった。ミラーを見る勇気が出ない。視線は前の霧に貼りついたまま、声だけが何度も繰り返された。

「アム……アモ……」

意識が途切れた。

目を覚ましたのは、誰かに窓を叩かれてからだった。

「おーい、大丈夫か」

外には知らない中年の男が立っていた。時計を見ると朝八時半。霧は晴れ、山道は普通の姿に戻っていた。どうやら車を停めたまま寝てしまい、後続車が困っていたらしい。

走り出してから、床に転がる吸い殻を見つけた。夢ではないと思った。

村に着くと、大叔母たちが妙に明るく迎えた。線香をあげ、茶を飲んでいると、「朝には着くって聞いてたのに遅かったね」と言われた。

俺は山道の話をした。霧と、声のこと。

その瞬間、空気が変わった。

誰かが、小さく何かを呟いた。聞き取れなかったが、何度も同じ音だった。大叔母たちは顔を見合わせ、急に口数が減った。

「……もう帰りなさい」

理由を聞いても答えない。ただ、「車も置いていけ」「すぐ帰れ」と繰り返す。しばらくして、村で一番年寄りだという老婆が呼ばれた。

白い服の老婆は俺の顔を見るなり、車の方を一瞥し、首を振った。

「もう見られとる」

それだけ言って帰っていった。

詳しい説明はなかった。ただ、大叔母の一人がぽつりと、「昔から森にいるものだ」と言った。名前も由来も語られなかった。ただ、関わった者がどうなるかだけは、誰も口にしなかった。

昼前、村を出ることになった。大叔母の車が先導した。

山道を下る途中、前の車の屋根の上に、何かが見えた。小さな影。子どもの形をしている。こちらを向いていた。

目が合った気がした。

高知市内で別れ、そのまま関西へ戻った。帰宅してすぐ、マークⅡは処分した。理由は説明できなかった。

それから、特別なことは起きていない。

ただ、山道を走るとき、車内がふっと静まり返る瞬間がある。そのとき、左耳の奥が、わずかに冷える。

聞こえた気がするだけだ。
今は、そう思うことにしている。

(了)

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