俺が高校三年生のとき。一人の友達の親が茨城の海沿いの地にコテージを買ったというので、その夏、友達六人とそこに遊びに行くことになった。
946 :2003/03/17 21:20
常磐線からローカル私鉄に乗り継ぎ、駅に降り立つと、駅前の小さなスーパーで五日分の食料を買い込んだ。
そして、タクシーで三十分ほど走ってようやくコテージまでたどり着いた。
当時、その周辺には商店一軒もないようなところであった。
コテージは十坪にも満たない大きさであったが、俺たちは開放感に包まれみんながはしゃいでいた。
到着したのが、昼をかなり過ぎていた時間だったにもかかわらず、早速海に出向いて楽しい時間を過ごした。
二日目も朝から海に行き、夕方クタクタになって戻ってきた。
コテージには電話はなかったが、電気は通っており、テレビをつけてみんなでぼんやりとテレビを眺めていた。
そのとき飛び込んできたのが、日航機123便が御巣鷹山に墜落したニュースであった。
ただ、これは記憶に強く残っていたものの、この話とは関係ないのでこれ以上は割愛する。
興味深くニュースを見ていた俺たちも疲れからいつしか寝てしまい、三日目の朝がきた。
その日は朝からだるく、海に出向いたのは昼過ぎであった。
そして早めに切り上げてコテージへと帰った。
日が暮れると花火をしたり、近くの森に忍び込んだりして遊んでいたが、じきに飽きてしまい、明日は朝から海に行こうということで、早寝をすることになった。
適当に布団に寝転がり、取りとめのない話をして眠りを誘っていると、一人(Nとする)が
「なんか音がしないか?」とつぶやいた。
「音なんかしてねえよ」
「ああ、聞こえねえな」
と否定したが、Nは聞こえるといって譲らない。
そのうちもう一人(Gとする)が「聞こえる。外で音がする」と言い出した。
「草の上をすべるような音だ」
「おい、おどかすなよ」
と言いながら、その他の者は耳を澄ませた。辺りを静けさが包む。
「聞こえるな……確かに」
誰かがポツリとつぶやいた。
この時点では俺には何も聞こえていない。
ただ、かすかな風が草木を揺らす音が聞こえているだけだった。
「まだ、聞こえるのか?」
俺は誰ともなく聞いてみた。
「聞こえる」
そのときドアかその辺りで叩くような鈍い音が聞こえた。
全員がびくりとして上半身を起こしたのだから、みんなが聞こえたのであろう。
「おい、鍵、締まってるだろうな!」
あわててドアの近くに寝ていたやつが確認する。
「締まってる」
どことなく安堵のため息が漏れた。
泥棒なのか、という疑問があった。
当然みんなも似たようなことを思っていただろう。
コテージの持ち主であるやつ(Kとする)がどこからか、棒切れを持ち出してきた。
ドアを叩くような鈍い音はそれっきりしない。しかしみんなにも緊張が走る。
「絶対、なんかが草の上這ってるぞ」
とNが言う。
誰かが灯りをつけた。いくらかほっとした空気が流れる。
「おい、誰か見て来いよ」
とKが言う。
誰も反応しない。
「テレビつけようぜ」
テレビの画面が明るくなり、音声が聞こえ始める。
時刻は零時を回っていた。
このまま寝ようという意見にみんなが否応なく賛成し、煌々とした部屋で布団に転がった。
当時は終夜放送はほとんど行われていなかったが、この夜は前日の飛行機事故の情報を流していて、砂嵐画面は回避できた。
音に関することは、このあと誰も口にせず、いつしか眠りについていた。
朝になり外に出てみると、コテージの周りの草が、幅一メートル位に渡って広範囲に倒れていた。
しかも倒れた草は白っぽく変色している。
いや、変色しているというより、色が抜けたというほうが正しいかと思う。
予定を繰り上げて帰ろうかという気持ちもあったが、迎えのタクシーは明日の昼に来る予定なので、実質最後の日ということもあり、結局泳ぎに行くことになった。
前述のとおり電話はなく、当時は携帯もなかったので、連絡を取るためには、一時間近くも歩いた商店に行くしかなかったのである。
しかし、そのとき素直に帰っていれば、その後の恐怖は回避できたのかも知れない。
その日はあいにく雲が多めだったが、海に行くと昨晩のことなどすっかり忘れ、夕方の五時になるまで海水浴や時おり顔を覗かせる太陽で日光浴を楽しんだ。
コテージに戻って、明日の朝食分を除いた食糧を綺麗に片付けた。
そのうち日も暮れ、残っていた花火で遊んだりしていたが、みんな相当疲れており、その日はかなり早めであるが、そろそろ休もうということになった。
順番に風呂に入り、布団を敷いてごろ寝をした。
もちろん電灯は点けたまま。
テレビもさして興味があるような番組もやっていなかったが、つけたままにしておいた。
取りとめのない話をしているうち、そろそろ眠りに落ちようかというとき、突然、電灯が消えた。
コテージの照明は蛍光灯でなく白熱灯だったので、球が切れてもおかしくはないが、間隔をおいて二つある電球が同時に切れたのだ。
「あ!」
同時に声があがった。
しかし、テレビは消えていないのでそれほど不安は感じられなかった。
スイッチを入れ直してみたが電灯は点かない。
「代わりの電球ないのか?」
「ない。買っておけばよかったな」
後の祭りであった。
暗い部屋の中でテレビだけが煌々と光っていた。
なぜかみんなが無口であった。Nがつぶやいた。
「また聞こえる」
耳を澄ますと、今度は確かに聞こえた。
草の上を何かが滑っているような、転がっているような音が断続的に聞こえていた。
「おい、テレビのボリューム上げろ」
テレビの音声は大きくなったが、音はなぜかはっきりと聞こえていた。
人間ではない。
誰もがそう思っているに違いなかった。
さらに運が悪いことに、テレビの放送時間が終ってしまった。
今と違って終夜放送はやっていなかったのだ。
テレビの画面が砂嵐となり、ザーという単一的な音に変わる。
その音はよけいに不気味さを感じさせ、結局、無音にすることになった。
外からの不可解な音は止むことなく続いていた。
またしても突然、鈍い音が鳴った。
それも床の下から。
しかも今度は一度だけではなく、不定期な間隔をもって音が鳴った。
突然Nが立ち上がり、無言のままドアを開けて外に飛び出した。
「おい!」「どこへ行くんだ」「やめたほうがいい」
口々に叫んだが、Nは振り返りもせずに外へ出て行ってしまった。
扉が閉まる音だけがむなしく響いた。
刻々と時間は過ぎていった。
Nは戻って来ない。
「様子見に行ったほうがいいんじゃないか?」
そのとき音は鳴り止んでいた。かすかに風の音が聞こえるのみ。
懐中電灯を持って、残った五人で外へ出た。
ドアから十メートルくらい離れたところにNは座り込んでいた。
近づいてみると、彼はなぜだか座り込んだまま頭を左右に小刻みに揺らしていた。
二人で両脇を抱え込み、無理やり立たせてコテージに連れ戻したが、彼は何も言わず、ただ頭を揺らし続けていた。
「何があったんだ!?」
「どうしたんだよ」
何を聞いても、ただ頭を揺らし続けるだけだった。
気がつけば、外ではまたあの音が聞こえていた。
言い知れぬ恐怖がみんなを襲った。
「ふざけんな!」
Kは吐き捨てるように言うと、棒切れと懐中電灯を持って外に出て行った。
Gと他二人が後を追った。
俺ともう一人はNの側についてやることになった。
外でKの叫び声があがった。
何事か!と思い、俺はもう一人にNの介抱を任せて外に出ようとした。
ドアを開けたとき、Gが戻ってきた。
「どうしたんだ!?」
Gは答えることもなく、その場にがっくりと座り込んでしまった。
俺は、たまらず外へと飛び出した。数メートルいったとき、俺は思わず声をあげた。
小さな人間が……2、30センチの小人数人が山車のようなものをひいている。
草の上を小人たちが何かをひいていた。
黒いもの……異様な光景。
小人が何か黒いものを無言でひき、それに押しつぶされる草が不気味な音を立てていたのだ。その黒いものが、無数の虫の死骸と分かったとき、俺の意識は遠のいた。
翌朝、俺はコテージの外壁に寄りかかって座った状態で目がさめた。
コテージの玄関の側にはGがいた。
すぐ側の草むらの中にKがいた。
Kの側に、Kを追って出た二人が座り込んでいた。
最後までNを介抱していた一人はコテージの中にいた。しかし、Nがいなかった。
なんとか気を持ち直した五人はNを探そうと、コテージの周りの捜索を始めた。
三十分は探したであろう。しかしNは見つからなかった。
仕方がないから警察に届けようと、二人をコテージに残し、俺をふくめた三人で電話のあるところまで歩き始めた。
森の側を通ったとき、なにやらガサゴソとした音が聞こえた。
もしや!と思い入ってみると果たしてNがいた。
Nは一心不乱に石を積んでいた。
でも、とにかく俺たちは帰ることができた。
後でNに話を聞いてみると、森に入って遊んだとき、石が積んであるのを面白半分に蹴って崩してしまったそうだ。
俺たちに声をかけられるまでNは正気ではなかったという。
気がついたら崩した石を積んでいた、と話した。
それ以上Nの口からは何も聞くことができなかった。
Nは今も生きてはいるが、人付き合いはほとんどしていないらしい。
以前のNとは正反対の性格になってしまっている。
Nは森の封印を解いてしまったのだろうか……
(了)