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沈まなかった軽四 rw+7,748-0117

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職場の同僚と居酒屋で飲んでいたときに聞いた話だ。

十年以上前の年末、某県にある小さなフェリー乗り場での出来事だという。空は低く垂れ込め、雲の裏で夜が腐っているような天気だった。海から吹き上げる風は湿り気を含み、息を吸うたびに喉の奥が冷えたらしい。

フェリーの発着まで一時間ほどあり、同僚は建物の外のベンチに腰を下ろしていた。目の前には、光を吸い込むような灰色の海が広がっていた。波は荒れていないのに、潮の匂いだけが異様に濃く、生き物の体温を失った息を吐き続けているように感じたという。

駐車場の端で、軽四が妙な動きをしていた。縁石にタイヤを当てては切り返し、区画に入ったかと思えばすぐに出る。それを何度も、黙々と繰り返している。運転が下手というより、行き先が決まらないものが無理に動いているように見えた。

やがてその軽四は、ゆっくりとフェリー乗り場の建物前まで転がるように近づき、止まった。中から出てきたのは、痩せた中年の女だった。顔色は白く、目だけが浮いているように見えたそうだ。

後部座席から、小学校低学年くらいの女の子が二人降りてきた。姉妹らしく、二人とも女の顔を見上げていた。女は何かを呟きながら自販機の前に立ち、ジュースを買って子どもたちに渡した。

「変だな」と思ったのは確かだが、それ以上気にする理由もない。同僚は再び海に視線を戻した。

しばらくして、パトカーが一台、場違いなほどゆっくりと乗り場に入ってきた。年配の警官と、まだ若い制服姿の警官が降りてくる。年末の巡回だろうと、誰もが思ったという。

その直後、背後でタイヤがアスファルトを削る音がした。

振り返ると、あの軽四が急発進していた。迷いのない直線で、一直線に海へ向かっていく。速度は出ていないのに、不思議と止まる気配がなかった。

岸壁を越える瞬間、叫び声は聞こえなかった。

軽四は水面に落ち、尾を出したまま浮かんだ。沈まない。波も風も穏やかなのに、車体だけがゆっくりと沖へ流れていく。

人が集まり、誰かが「落ちたぞ」と叫んだ。フェリーの従業員、警官たちも岸壁に並んだ。

その中で、若い警官が装備を外し、上着を脱ぎ捨てると、何も言わずに海へ飛び込んだ。

泳ぎは上手くなかったらしい。何度も水に沈みながら、それでも必死に軽四へ向かった。やっと車体に辿り着き、リアウィンドウの上によじ登る。その姿に、岸壁から安堵の声が上がった。

次の瞬間、警官は窓に拳を叩きつけ始めた。

叫んでいたが、言葉ははっきり聞こえなかった。ただ、同じ調子の声を、何度も繰り返していたという。拳から血が滲んでも、ガラスは割れない。中に空気があるはずなのに、ドアは開かない。なのに、車は沈まない。

時間の感覚がおかしくなっていた。

そこへ沖から一隻の漁船が近づいてきた。速すぎる速度で。

船が軽四に接触した瞬間、警官は弾き飛ばされ、軽四はそれまでが嘘のように、深く、早く沈んでいった。海は何事もなかったように静かだった。

警官は漁船に引き上げられ、岸へ戻された。立ち上がれず、地面に伏したまま、声を上げて泣いたという。

そのとき、警官が何を見たのか、誰にも詳しくは話されていない。ただ、現場にいた者の多くが、その表情を忘れられなかったそうだ。

母親の名前も、子どもたちの身元も、後日知らされることはなかった。車も、遺体も見つからなかった。

同僚は酒を飲み干し、ぽつりと言った。

「今でもあそこじゃ、雨の夜になると、停泊した船の窓に、小さい手形がつくって話があるらしい」

そう言って笑ったが、その顔は笑っていなかった。

寒さを我慢しているみたいに、口元だけが引きつっていたという。

[出典:2008/05/08(木) 19:42:33 ID:mczy1heWO]

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