このあいだ、就職活動で山間の村に行った。
条件が妙に良かった。事務職、高卒可、月給二十五万円、賞与六か月、土日祝日休み、寮費と光熱費無料。応募者ゼロ。あまりにも出来すぎていたが、逆に言えば競争がない。深く考えず、早朝の電車に乗った。
電車で三時間、バス待ち二時間、さらに一時間揺られて村に着いた。携帯は圏外に近く、地図アプリもまともに動かない。山に囲まれ、静かすぎるほど静かだった。空気が重いというより、薄い。深呼吸すると肺の奥まで冷える感じがした。
面接まで二時間あったので村を歩いた。
歩き出してすぐ、声をかけられた。「どこから来た」「今日は何しに」。笑顔だったが、距離が近い。返事をすると、また別の人が現れ、同じことを聞いた。偶然だと思いたかったが、三人目で確信した。これは挨拶ではない。
気づくと、後ろに人がいる。振り返ると誰もいない。だが次の角を曲がると、さっき見た顔が草むしりをしている。歩く速度を変えると、視線の動きが同時に変わる。見られているというより、数えられている感覚だった。
個人商店に入った。店内は暗く、蛍光灯が一本だけ点いていた。棚は埋まっているのに、どれも埃をかぶっている。何も買わずに立っていると、背後で扉の音がした。老婆が入ってきて、店主に小声で言った。「来てるよ」。
その一言で、空気が変わった。確認でも報告でもない。前提の言い方だった。
店を出ると、高校生くらいの男が数人、自転車で行き来していた。「いたか」「あっちだ」。声が大きすぎる。隠す気がない。自分が今日ここに来ることは、村では事実として共有されているようだった。
居場所がなくなり、予定より早く面接会場へ向かった。公共施設のような建物で、受付は慣れた手つきだった。早く着いたと言うと、「問題ない」と即答された。少し待たされると思っていたが、すぐに通された。
面接は穏やかに始まった。志望動機、事務経験、長く勤める意思があるか。村についてどう思うか。質問は普通だった。
途中から、話の主語が変わった。「仕事」ではなく「生活」になった。
高齢者の世話は手伝ってもらう。両親もこちらに呼ぶのが自然だ。財産は共有する部分がある。恋人がいるなら整理しておくと後が楽だ。友人関係も見直した方がいい。都会の人間は信用しすぎる。
どれも命令口調ではなかった。ただ、決定事項の説明だった。
最後に写真を出された。村の娘だと言う。結婚の話が進んでいるような口ぶりだった。断る余地がないというより、断るという概念が存在しない感じだった。
違和感を覚えつつも、否定はしなかった。ここで否定するのは危険だと、本能が告げていた。
面接は問題なく終わった。採否の話は出なかった。「また連絡する」と言われたが、それは結果通知ではなく、続きを示す言葉に聞こえた。
帰りのバス停で、何人もの村人に声をかけられた。面接の内容を、なぜか皆知っていた。「大変だろうが慣れる」「若いのが来て助かる」。慰めでも歓迎でもない。確認だった。
夜遅く帰宅した。疲労で眠り、昼過ぎに目が覚めた。起きてすぐ、辞退の電話をかけた。
相手は沈黙したあと、声色が変わった。怒鳴りではない。感情が剥き出しになった音だった。「話が違う」「約束だ」「戻って説明しろ」。こちらの言葉は一切聞かれなかった。
最後に言われた。「安心して外を歩けると思うな」。
脅しなのか忠告なのか、判断できなかった。
電話を切ったあと、携帯に着信が残っていた。知らない番号。留守電は無音だったが、再生時間だけが十数秒あった。
その夜、玄関の前で砂利を踏む音がした。確認はしていない。
今も、あの求人は掲載されたままだ。応募者は、相変わらずゼロになっている。
[出典:5 :名無しさん@おーぷん :2014/06/15(日)14:03:44 ID:NQGTGSmeC]