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中編 r+ 洒落にならない怖い話

髪を掴むもの r+4,226

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中学生の頃、一人の友達を失った。

表向きの死因は精神の病だとされていたが、私だけは知っている。本当は“何か”に憑かれたのだと。

もう何年も封じ込めてきた記憶だ。触れれば夜に眠れなくなる。だが先日、偶然再会した旧友があの時の話を持ち出し、私はその全てを思い出してしまった。こうして文章にしてしまえば、少しは距離が取れるかもしれない――そんな淡い期待を抱きながら、ここに記す。

———

私を含め五人、海藤、設楽、須藤、菊地。全員が家業を継ぐ予定で、高校受験組のように必死になる必要はなかった。体育祭が終わると、朝に顔さえ出せば昼から姿を消しても教師はほとんど何も言わない。学校の外で時間を持て余す日々。

そんなある昼休み、海藤と設楽が妙な噂を持ち込んだ。
近所の屋敷。改築直後に持ち主が首を吊り、一家離散。そのまま空き家になっているという。
私たちはすぐに飛びついた。たまり場探しに困っていたからだ。酒も煙草も、あそこでなら心置きなくやれる。

屋敷は立派だった。外からは中の様子がうかがえず、勝手口はなぜか鍵が外れていた。侵入後、書斎らしい部屋に腰を下ろし、声を潜めて酒を口にする。だがすぐに飽きた。

「なあ、あれ見ろよ」
須藤が壁の上方を指差した。二つ並んだ小窓。体育館の放送室のような造り。横にはドアもあるが、本棚で塞がれている。

肩車で左側の窓を開けると、湿った空気と鼻に刺さる臭いが流れ出た。今思えば、あの匂いが何の前触れだったのか、なぜ気づけなかったのかと悔やまれる。

中に入ると、薄暗く、カビと饐えた臭い。壁は手作りの防音材の上に壁紙を貼ってあり、湿気でカピカピに乾いている。家具らしいものはなく、隅に小机が一つ。その上に、真っ黒に塗り潰された写真が額に収まっていた。

海藤が額を持ち上げた瞬間、裏から紙切れが落ち、束になった髪の毛がばさばさとこぼれた。紙は御札だった。息が詰まり、誰も声を出せない。設楽が「もう出よう」と言った時、彼が窓枠に足を掛けた途端、壁紙がふわりと剥がれ、そこにびっしりと御札が貼られているのが現れた。

須藤が嗚咽し、設楽は必死に窓をよじ登る。私と菊地で尻を押し上げる。背後で「いーーー、いーーー」と海藤の声……いや、あれは海藤だったのか。

反対側の部屋に飛び降り、菊地と二人で須藤を引き上げようとした瞬間、彼が「足!噛まれた!」と叫んだ。見ると靴下の踵が丸く抉られ、唾液で濡れている。中からはまだ、壊れた機械のような声が響いていた。

「設楽!神社のかんぬっさん呼べ!」
菊地の怒鳴り声に設楽が縁側から裸足で駆け出す。

間もなく、青ざめた神主が現れ、怒声を上げる。私の腕を掴み、後ろ手にねじり上げたかと思うと、背後で何かが裂ける音。
「行け!」と突き飛ばされ、私たちは逃げた。

———

その後、海藤は学校に現れなくなった。親は何度か神社に呼ばれたが、詳細は一切教えてくれなかった。ただ「山の裏には絶対行くな」とだけ。

期末試験後、生活指導に呼び出され進路室へ行くと、神主が待っていた。開口一番、
「あんなぁ、須藤が死んだ」

海藤の見舞いに行き、裏の格子から座敷を覗いた瞬間に絶叫して倒れ、息を引き取ったという。
「ええか、海藤はもうおらんと思え。須藤のことも忘れろ。アレは目が見えんけん、覚えとる奴を探し当てるまで何年でもかかる。見つかれば憑かれて死ぬ。あと、後ろ髪は伸ばすな。アレは最初に髪を掴むけんな」

神主はその場で私の後ろ髪を切り落とした。私は床屋に直行し丸坊主にした。

———

卒業後、私たちは互いに距離を置くようになった。会っても他人のふり。それが暗黙の取り決めだった。私は一年遅れて隣県の高校に進み、三年を耐え抜き、浪人を経て大学へ。髪は常に短く刈った。

だが、祖父の初盆に呼び戻された。駅の売店で中学時代の彼女に会い、設楽と菊地が既に死んだことを知らされた。設楽は部屋を封じ、髪を一本一本壁に貼り付けて首を吊った。菊地は後頭部を毟られ、瞼を切り取ろうとした痕を残していた。

その瞬間、私は悟った。アレのことを知るのは、この世で私だけだと。

———

実家に着くと誰もいなかった。三日間、私は高熱で寝込み、死を覚悟した。三日目の夜、夢の中に海藤が現れた。骨と皮、黒ずんだ顔、白目。
「お前一人やな」
「うん」
「須藤が会いたがっとる」
「いやだ」
「来んと毎日リンチやぞ」
「嘘だ。地獄はそんな甘くない」
海藤は笑った。「地獄っちゅうのはなぁ――」

そこで目が覚めた。枕元の祖父の位牌にヒビが入っていた。

———

考えた。もし多くの人にアレの話を知ってもらえば、私だけを探し当てる確率は下がるのではないか。
だから、この話を公開する。
アレが憑くのは、これを読んで知ってしまった“あなた”かもしれない。

(了)

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