ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

中編 r+ 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

二階にいる嫁 r+4,199

更新日:

Sponsord Link

転職して半年。部署は違うが、喫煙室でよく顔を合わせる五つ上の先輩と仲良くなった。

最初は軽い挨拶程度だったが、似たような苦手上司の愚痴でもこぼした拍子に打ち解けて、それからというもの、休憩のたびに煙を分け合うのが日課になった。

ある日、そんな先輩が家庭の話をした。

「うちの嫁さ、ちょっと厄介なんだよ」

言葉を濁しながらも、顔に浮かんだ笑みはどこか痛々しかった。右目の下には青痣、腕には爪で引っかかれたような痕。思わず目を逸らした俺に、先輩は笑いながら言った。

「いや、最近たまに聞くだろ?DV妻って……まぁ、そんな大げさなもんじゃないよ。ただちょっと神経質なだけさ」

冗談めかして笑っていたが、あの傷がただの「神経質」で済むとは思えなかった。でも、それ以上は聞けなかった。聞いてしまえば、何か重たいものが付きまとってくるような気がしたからだ。

そんな矢先、先輩から家に招待された。

「嫁がね、君のこと見てみたいって言うんだ。土曜、空いてるか?」

妙な話だった。普段他人との付き合いに無頓着そうなその奥さんが、なぜ俺に会いたがるのか。だが好奇心には抗えなかった。どんな人間なのか、どうしても見てみたかった。

土曜の夕方、先輩の家を訪ねた。駅から歩いて十分ほど、白い壁の二階建て。小綺麗だが、どこか生活感のない印象を受けた。出迎えた先輩は満面の笑みだった。

「ようこそ。料理は俺が作るから楽しみにしてて」

リビングにはビーフシチューのいい匂いが漂っていた。テーブルに並ぶ料理はどれも見た目からしてプロ並みで、口に運べば味も申し分なかった。会話も弾み、焼酎を酌み交わしながら、気づけば俺はすっかりくつろいでいた。

だが、一つ気になった。

「奥さん……ご挨拶だけでも」

言いかけると、先輩は慌てて手を振った。

「いや、今日は体調崩して二階で寝てるんだ。機嫌も悪いから、無理に顔出すのはやめといた方がいい」

その言葉には、妙な迫力があった。拒むというより、怯えているような。俺はそれ以上何も言えなかった。

ドン。

突然、天井から音がした。

最初は、何か物を落としたのかと思った。でも、その一分後――

ドン!ドン!ドン!

まるで抗議するような音。上階から怒気が伝わってくるような。俺たちは顔を見合わせ、互いに声を落とした。

けれど、先輩の冗談に俺が少し大きめの声で笑った、その瞬間だった。

ドドドドドドドドドドド!!!

ダダダダダダダダダダ!!!

ドンドンドンドンドン!!!

天井から轟くような音が降ってきた。地響きにも似た振動。何かが――いや、誰かが――あの真上で暴れている。手加減も理性もない音。心の中にある何かが、ぶち壊されるような恐怖。

先輩は苦笑いを浮かべた。

「ごめんな。ちょっと機嫌とってくるよ」

そう言い残して、階段をのぼっていった。

一人きりになった俺は、ようやく尿意を思い出し、トイレを借りた。用を済ませて廊下に出ると、二階から先輩の声が漏れていた。

「……だから謝って……し……」

「………………」

「少し……我慢……てくだ……い」

「………………」

か細く、途切れ途切れの声。合間に、ボソボソとしたつぶやきのような音が聞こえる。だがその声は、女というにはあまりにも低く、こもりすぎていた。

階下へ戻ると、先輩も戻ってきた。だがその顔は青白く、笑顔も消えていた。

「泊まっていかないか?嫁もその方がいいって言ってるし……」

それは妙に切実な声だった。俺を引き止める力が、どこか必死すぎて、逆に恐ろしかった。

「すみません。明日、資格試験があって……」

とっさの嘘ではなかった。だがその瞬間、自分の本能が命綱を握ったのだと悟った。

帰り際、先輩の態度は一変した。

「じゃあ」

冷たい、感情の抜け落ちた声。玄関のドアが閉まる直前、振り返った先で、先輩が奥へ消えていく姿が見えた。その顔は蝋人形のように無表情だった。

外壁の前で、ふと背中に視線を感じた。反射的に見上げると、二階の窓のカーテンが微かに揺れていた。明かりはなく、真っ暗な奥。だが、その奥の闇と目が合った気がして、体が凍りついた。

次の月曜、俺は謝るつもりで先輩を探した。だが彼の姿はなかった。聞けば休んでいるという。それから数日、先輩は出社せず、そのまま辞めた。

しばらくして、先輩がいた課の上司と喫煙室で会った。

「石井先輩、急に辞めちゃいましたけど……やっぱ奥さん関係してるんですかね?」

すると上司は怪訝そうに首をかしげた。

「え?アイツ、結婚なんかしてなかっただろ。そんな話、聞いたこともないぞ」

唖然とした。俺は、あの家での出来事を話したが、上司は最後まで首をかしげていた。

「あぁ、でもな……一度だけ『いい人を見つけた』って言ってたことがあったな。中古の家を買った頃だったか……」

その後、ひとつの噂を耳にした。数年前、先輩がいた課の若手が突然行方不明になったという。先輩と仲が良かったそうだ。

……もしあの日、泊まっていたら。

あの時、何かの影に招かれていたのではないか。

あの家の二階にいた「何か」は、今もまだ、あの白い家の奥で誰かを待っているのかもしれない。

(了)

[出典:http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/occult/1438447220/l50]

Sponsored Link

Sponsored Link

-中編, r+, 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2025 All Rights Reserved.