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中編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026

祖母の手が消えた ncw+

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俺が四、五歳のころ、親に預けられると決まって祖母の家だった。

祖母はよく笑う人で、笑うたびに目尻に刻まれる皺が、そこにいるだけで大丈夫だと教えてくれるようだった。子どもにとっての祖母は、場所そのものだったと思う。そこにいれば世界は安全で、理由はいらなかった。

春から初夏にかけて、祖母は裏山に山菜を採りに行った。俺も当然のようについていく。家の裏手からすぐの山道で、湿った土と若い葉の匂いが混じり合っていた。細い道で、足元は柔らかく、踏むたびに沈む。祖母は慣れた手つきでふきの葉をかき分け、わらびを探す。俺は最初こそ感心して眺めていたが、すぐに飽きた。子どもにとって山菜採りは静かすぎる。

だから俺は道端にしゃがみ込み、アリの巣を見つけては枝で突いた。穴が崩れ、黒い点が一斉に散る。慌てて塞ごうとする動きが面白くて、何度も同じことを繰り返した。小さな世界が混乱するのを、ただ眺めていた。

そのとき、祖母が立ち上がった。
さっきまで膝をついていたのに、急に体の向きが変わった。もう行くよ、という合図だけが伝わってきた。俺は慌てて立ち上がり、祖母の手を握った。いつもそうしていた。山道は滑るし、俺はよく転んだ。

祖母の手は骨張っていて、温かくて、少しざらついていた。握ると安心する。その感触を確かめるように、俺はしっかり指を絡めたまま歩いた。

俺は下を見ていた。アリの続きを探していたのかもしれない。石、落ち葉の影、土の割れ目。視界は足元だけで埋まっていた。

だから、後ろから声がしたとき、理解が追いつかなかった。

「〇〇、どこ行くんや!」

祖母の声だった。
怒鳴っているわけでも、叱っているわけでもない。焦った声だった。

俺は反射的に振り返った。

祖母が、そこに立っていた。
山道の少し後ろ。さっきまでしゃがんでふきを取っていた辺りだ。祖母は立ったまま、俺を見ていた。山の中で見たことのない表情だった。口元は動いているのに、目が笑っていない。俺を止めたいのか、確かめたいのか、そのどちらとも取れなかった。

その瞬間、手の感触が消えた。

握っていたはずの温かさも、ざらつきも、突然なくなった。
俺は無意識に自分の手を見る。指は、何かを掴んだ形のまま固まっている。掴んでいたはずだという記憶だけが残り、現実だけがそれを否定していた。最初から何もなかったような空白が、手のひらに広がっていた。

祖母が歩いてきて、俺の手を取った。
その手は、いつもの祖母の手だった。温かくて、少しざらついていた。俺は泣かなかったと思う。ただ、喉が詰まり、息の仕方が分からなくなった。祖母は何か言ったはずだ。「こっちだよ」だったか、「危ないよ」だったか。言葉の形だけが浮かび、音は思い出せない。

それからどうやって家に戻ったのか、記憶がない。
気づいたとき、俺は居間にいた。畳の匂い。テレビの音。台所から流れてくる味噌汁の匂い。祖母が「おやつ食べる?」と言っている。山の出来事が夢だったのか現実だったのか、自分でも判断できなかった。子どもの頭は、処理できないものをそのまま棚に上げる。俺は黙って頷き、菓子を口に入れた。

その後も、裏山には何度も行った。
だが、あの日の山道だけは思い出せない。場所も、匂いも、光の差し方も、切り取られたように欠けている。ただ一つ、手の感触が消えた瞬間だけが、身体の奥に残っている。思い出そうとすると、手のひらが冷たくなる。

大人になってから、ときどき考える。
あのとき、俺が握っていたのは誰の手だったのか。
祖母は俺に何を見せたのか。それとも、何かを見せないために引き離したのか。祖母が見えていたのか、見えていなかったのか。そのどれも、確かめようがない。

祖母はもういない。

祖母が亡くなったあと、葬儀の帰りに、俺は一人で家の裏に回った。裏山への道は整備され、昔より明るくなっていた。けれど、どこが変わったのかを具体的に思い出せない。入口に立っただけで、手のひらが妙に冷えた。空っぽの感触が、また戻ってきそうだった。

そのとき、背後で誰かが息を吸う気配がした気がした。
振り返っても、何もいない。風の音だけがした。

俺は山に入らなかった。
入らなかった理由を、今でも自分の言葉で説明できない。

ただ、あのとき掴んだ形のまま固まった指を、無意識に握り直していた。

(了)

[出典:507 :本当にあった怖い名無し:2011/04/03(日) 13:29:18.43 ID:lMAGPzWDO]

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