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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

虹色の飴玉 n+

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もう十年も経ったし、そろそろいいだろうと思って書く。

自分の記憶の中でいちばん不可解で、いまだに何だったのか説明できない出来事だ。

小学校六年の秋だった。授業を終えて、ランドセルを背負ったまま帰り道を歩いていた。
曇り空で、肌寒い風が吹いていたのを覚えている。季節の変わり目で、道行く人もみんな長袖や上着を着ていた。
駅に近い大きな交差点の信号が赤になり、人だかりができていた。サラリーマン、買い物袋を抱えた主婦、同じ小学生らしい子供……普通の光景のはずだった。

信号が青に変わるのを待っているときだった。
唐突に、世界から音が抜け落ちたような感覚が走った。耳が詰まったわけじゃない。ただ周囲の喧騒がすべて消え失せた。
同時に目の前の人々が、まるで人形に変わったかのように動きを止めた。歩道を渡ろうとしていた女性は片足を上げたまま宙に浮き、車道を走っていた車は一斉に止まり、タイヤも回転をやめていた。
風すら吹かなくなり、雲も止まっていた。

時間が止まった――直感的にそう思った。
ただ自分だけが取り残されて、世界が静止したのだと。

足がすくみ、動悸が激しくなった。立ち尽くしていると、視界の中央、交差点のど真ん中に二人組が現れた。
現れた、という表現しかできない。本当に唐突に、音もなく、パッと切り替わる映像みたいに。

黒ずくめの男女だった。二十代前半くらいに見えた。
服装は地味だが、逆に不気味さがあった。全身が黒いからというより、そこに存在すること自体が異質だった。
二人は俺の方を同時に振り返り、まるで練習したかのように声を揃えて「あ」と言った。

心臓が凍りつき、逃げなければと思った。
ランドセルを揺らしながら全力で走り出したが、背後から足音もなく追いつかれ、腕を強くつかまれた。

掴んだのは男の方だった。冷たい手だった。
全身が硬直し、叫び声すら出なかった。
男は俺を押さえつけながら女の方を見て「失敗してんじゃねえか」と吐き捨てるように言った。
「失敗だけならまだいいけど、姿見られたのはまずい」
女は顔をこわばらせ、必死に「すみません、すみません」と繰り返していた。

内容の意味は分からなかった。ただ、この二人は俺をどうにかしようとしている――そう直感した。

男は腕をつかんだまま、しばらく考えるように黙っていた。
そして急にこちらを向き「このこと誰にも言うなよ」と低い声で告げた。

必死にうなずき「言いません、絶対に言いません」と叫んだ。
だが女は横から「駄目です、こんな子に知られたら余計まずいことになります」と制止した。
それに対し男は「お前のせいだろうが」と怒鳴りつけ、言い争いを始めた。
しばらくして、結局男が押し切ったのか、女は肩を落としてうつむいた。

男は俺と視線を合わせるためしゃがみ込み、無理やり俺の手を開かせて何かを握らせた。
「これやるから絶対言うなよ、頼むから」
そう言うと頭を乱暴に撫で、「すぐ元に戻る。もう家に帰れ」と言った。
女も小さく「脅かしてごめんね」とつぶやいた。

言われるがまま、俺は走って交差点を離れた。
止まったままの人々の間をすり抜けるのは異様な体験だった。体温も呼吸も感じられず、ガラス細工の人形の群れを通り抜けるようだった。

家の玄関を開けたとき、母も止まっていたらどうしよう、そんな恐怖が頭をよぎった。
居間を確認する勇気がなく、自室に駆け込んだ。
だがランドセルを下ろしていると、居間からテレビの音と、母の笑い声が聞こえてきた。
安堵して居間をのぞくと、母は驚いた顔で「いつ帰ってきたの?」と訊いた。
どうやら時間は元に戻っていたらしい。

口を開きかけたが、約束を思い出し、飲み込んだ。
誰にも言うなと、あの男に言われたことが恐ろしく重くのしかかっていた。

自室に戻ると、握らされたものを思い出した。
ポケットを探ると、和紙のような紙に包まれた飴が一つ入っていた。
中を開くと、白っぽい透明の飴玉で、中心に虹色の渦が巻いていた。

食べるべきではないと本能は訴えた。
だが小学生の俺には、好奇心と食欲が勝った。口に入れた瞬間、形容しがたい甘さと清涼感に体が震えた。
果物とも砂糖菓子とも違う、夢の中でしか味わえないような味。舌の上で溶けると、頭の奥まで痺れるような幸福感に包まれた。

それから何日も、同じ飴が欲しくて交差点に通った。
けれど二人組を再び見ることはなかった。

中学二年で引っ越してからは、あの場所にも行けなくなった。
もう二度と出会えないだろうとわかっている。

……だが時々思う。
あの飴を食べてから、時間の感覚がおかしくなったのではないか、と。
気づけばいつの間にか夜になっていたり、数時間が一瞬で過ぎたりすることが増えた。
自分だけ知らないうちに飛ばされている時間があるのではないか。

もしかしたら、俺はあのとき止まった時間の中にまだ囚われていて、本当の時間の流れから外れてしまったのではないか。
そう考えると、日常の何気ない一瞬がすべて不安に変わる。

あの男女は今もどこかの交差点で、失敗を繰り返しているのだろうか。
それとも俺だけが特別に見てしまったのだろうか。

十年経っても答えは出ない。
ただひとつ確かなのは、あの飴の味だけは鮮明に覚えているということだ。
思い出すたびに、喉の奥がひどく渇く。

[出典:36 :1/2:2008/09/20(土) 23:00:13 ID:CT7hZDw50]

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