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短編 r+ 山にまつわる怖い話

誰が泊まっていたのか rw+7,315-0104

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祖母の法事があり、先日、十数年ぶりに故郷の山奥の町へ帰った。

山に囲まれた小さな町で、駅前の商店街も半分以上がシャッターを下ろしている。法事のあとは決まって親戚一同で集まり、酒を飲みながら昔話になる。その席で、遠縁にあたる爺さんがぽつりと話し始めた。

爺さんは、そこからさらに車で一時間ほど山道を走った先にある村の出身だ。今では温泉街として知られ、私の故郷よりよほど賑わっている。その村で、爺さんの家は代々温泉宿を営んでいたという。

「もう、わしが四十になるかならんかの頃の話やがな」

そう前置きして、爺さんは杯を置いた。

昭和三十年頃のことだという。戦後の混乱も落ち着き、ようやく世の中が前を向き始めた時代だった。

その宿には、先代の頃から仕えていた番頭がいた。帳場から客の世話、仕入れまで一手に引き受ける男で、爺さんも全面的に信頼していた。ところがある日、帳簿の辻褄が合わないことに気づき、調べてみると、多額の金が消えていた。

問いただすと、番頭は観念したように横領を認めた。

事情があろうとなかろうと、商売の信用に関わる。爺さんは悩んだ末、番頭に辞めてもらうことを告げた。

その翌朝、番頭の姿は消えていた。

部屋には置き手紙が残されていた。先代から誠心誠意尽くしてきた自分を切り捨てるとは何事だ、この宿の当主は鬼だ畜生だ、自分は川へ身を投げる、この恨みは末代まで祟ってやる、そうした言葉が乱暴な筆致で綴られていた。

爺さんは、その紙を読み終えると鼻で笑ったという。

大学を出て、世の中の変化を肌で感じていた爺さんにとって、呪いや祟りなど時代錯誤もいいところだった。警察に届けは出したが、正直なところ、番頭が本当に死ぬとは思っていなかった。

だが、それからしばらくして、宿で妙なことが起き始めた。

最初は従業員だった。

夜中、誰もいないはずの岩風呂から人の気配がする。使われていない離れで、戸がきしむ音がする。隣町で、死んだはずの番頭に似た男を見たという者まで現れた。

爺さんは、従業員たちを集め、厳しく口止めした。客に知られれば終わりだ。噂というものは、山道を転がる石より早く広がる。

しかし、抑え込もうとすればするほど、事態は表に滲み出てきた。

泊まり客からの苦情が相次いだ。

夜中、部屋の中を誰かが歩き回っている。真っ暗な便所で、誰かが用を足している気配がする。廊下の曲がり角で、青白い顔がこちらを覗いていた。留守にしている間に、物の位置が変わっている。

どれも決定的な証拠はない。ただ、同じような訴えが、日を置かずに重なった。

主な客層は、近隣の鉱山町の人々だった。口が軽いとは言わないが、酒の席で話せば、尾ひれはつく。やがて「山奥の宿に幽霊が出る」という噂は、手が付けられないほど膨らんでいった。

地元紙が面白半分に取り上げ、それを嗅ぎつけた週刊誌が『山宿の怪』と見出しを打った。写真もない、裏取りもない記事だったが、それで十分だった。

客足は目に見えて減り、帳場に座る時間が長くなった。

二年が過ぎた頃、爺さんは本気で廃業を考え始めていた。幽霊を信じていないはずの自分が、夜中に一人で廊下を歩くのを避けるようになっていることに気づき、苦笑したという。

そんなある日、警察から連絡が入った。

隣町で無銭飲食をした老人を保護したが、身元引受人としてあなたの名前を挙げている、という。

爺さんは、嫌な予感を覚えながら警察署へ向かった。

留置場の隅に、小さくなって座っている男がいた。髪は白く、頬はこけ、顔色は異様に青い。名を呼ぶと、男はゆっくり顔を上げた。

確かに、番頭に似ていた。

男は、自分が番頭だと名乗った。腹いせに置き手紙を書いて宿を出たが、死ぬ気はなかったこと、仕事を探して町を渡り歩いたこと、うまくいかず、いつの間にか元の宿の近くをうろつくようになったことを、途切れ途切れに話した。

爺さんは、その話を黙って聞いていたという。

ただ、妙だったのは、その後だ。

男は、宿に戻ったことはないと言い切った。中に入った覚えもないし、食事や金を盗んだこともない。夜中に忍び込むなど考えもしなかった、と。

だが、爺さんは何も言わなかった。

その場では男を引き取り、まとまった金を渡し、二度と近づかないよう念書を書かせた。縁を切るためだ。これ以上関わるのは、理屈では説明できない危うさがあった。

男は、深く頭を下げて去っていった。

それから宿では、不思議なことに、怪異らしき訴えはぱたりと止んだ。客も少しずつ戻り、宿は息を吹き返した。

だが、爺さんの中では、別の引っかかりが残り続けていた。

あの二年間、宿のどこかに「誰か」がいた感覚。確かに、人の生活の気配があった。男の言葉を信じるなら、それは誰だったのか。

「わしはな」

爺さんは、酒を飲み干して言った。

「幽霊がおると思っとった頃のほうが、まだ楽やった。正体が分からんままのほうが、怖さにも形があったからな」

平成に入ってすぐ、その温泉宿は取り壊され、近代的なホテルに建て替えられた。新しい建物では、そうした話は一切聞かないという。

ただ、爺さんは最後に、こんなことを付け加えた。

「建て替えの前、最後に一人で帳場に座っとった晩にな。誰もおらんはずの廊下で、畳を擦る音がしたんや。あれが番頭やったかどうか、それだけは、今でも分からん」

その場にいた誰も、続きを尋ねることはなかった。

[出典:83 :2006/10/17(火) 21:08:44 ID:KqZgjHh70]

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