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向かいの待合室 rw+2,236-0119

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大学生の頃の話だ。

十年以上経った今でも、野宿をするたびに、あの夜のことが頭をよぎる。夢にも何度か出てきた。雷鳴と豪雨の中、無人駅のベンチで眠る俺と、その隅で体育座りのまま動かない男。叫び声を上げて飛び起きる。だが、あれは夢ではなかった。

その夜、俺は終電に揺られていた。終点の一つ手前で、理由もなく降りた。駅名を見た瞬間、ここでいいと思った。それだけだ。無人駅だったが、駅舎は古い割にしっかりしていて、雨風は凌げそうだった。

夜のうちに風呂に入り、駅へ戻った頃には、雨が降り始めていた。ほどなく雷を伴った豪雨になり、俺はベンチに寝袋を広げた。濡れずに済んだことに、少しだけ安心した。

横になってから、違和感に気づいた。

自分のものではない臭いがする。獣臭のようでもあり、鉄の匂いにも近い。暗さに目が慣れると、駅舎の隅に人影が見えた。体育座りで膝を抱え、顔を伏せている。男だ。

俺が入ってきた時から、そこにいたのか。声をかけた。反応はない。少し音を立てても、近づいても動かない。拍手をしても、目覚ましのベルを鳴らしても、変わらなかった。

近くまで行くと、口元が濡れているのが見えた。涎ではない。暗がりでもわかる色だった。腕に触れた瞬間、冷たさに手を引いた。人の体温ではなかった。硬くなり始めている感触があった。

俺は、それ以上確かめなかった。確かめなくても、もう頭の中で決めてしまっていた。

外は豪雨だった。駅舎を出て電話をかける気にもなれず、俺はベンチに戻った。同じ空間に「それ」があると思うだけで、胸の奥がざわついた。

逃げるという考えも浮かんだが、雨と雷で現実味がなかった。結局、俺は改札を出て、向かいのホームの待合室に移動した。そこには座布団が敷かれていて、不自然なほど整っていた。

気づいたら眠っていた。

目を覚ますと、雨は止み、夜が明けかけていた。星がまだ残っている。始発まで時間はあったが、あの場所に戻る気は起きなかった。それでも通らなければ外へ出られない。

覚悟を決めて駅舎に戻った。

隅は空だった。

男はいなかった。体育座りの痕跡も、体の輪郭も、何も残っていない。ただ、床に黒ずんだ染みがあった。昨日見た位置と、同じ場所だった。

それだけではない。煙草の匂いがした。新しい煙の匂いだ。灰皿には吸い殻が浮いていた。雨上がりなのに、乾いていた。

俺はその場で動けなくなった。

あれが生きて動いたのか。誰かが運び出したのか。どちらでもおかしい。駅舎は無人で、夜中に人が来る理由はない。俺は確かに、向かいの待合室で眠っていた。

もし、あのまま移動していなかったら。
もし、目を覚ましていたら。

考えた瞬間、背中が冷え切った。

始発が来る少し前、杖をついた老婆がホームに現れた。その姿を見たとき、心底ほっとした。何も聞けなかった。何も言えなかった。

帰ってから、ニュースを探した。事故も事件も見つからなかった。あの駅の名前も、次第に思い出せなくなった。

今でも、雷鳴の夜に駅舎の夢を見る。隅で体育座りをしている男は、顔を上げない。ただ、あの時と同じ位置にいる。

――俺は確かに、あの夜、死体と同じ空間で眠っていた。
そう思ってしまったことだけが、今も消えない。

[出典:133 : 本当にあった怖い名無し : 2013/08/30(金) 02:39:44.63 ID:bnwvaDuo0]

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