これは、知り合いの古い友人から聞いた話だ。
その友人が小学生だった頃、家は農村の中でも特に貧しかった。家も古びていたし、家族はいつも節約の話ばかりだったので、ずっとそういう家柄だと思っていたのだ。
しかしある時、ふと親戚に聞かされたのだそうだ。もともとは地域でも名のある庄屋の家系だったと。
なにやら、彼が産まれたのとほぼ同時に家が没落し、その代わりのように祖父の弟、つまり大叔父の家が急に裕福になったらしい。
大叔父の家は金回りがよくなってから、すっかり「本家」を名乗り出し、実際、彼が幼い頃に会った「偉そうな親戚」というのも、その大叔父だったという。実はそんな理由があったのか、と聞かされた時は、なんとも奇妙な気分だったそうだ。
その家には、彼と名前のよく似た「嘉兵衛」といういとこがいた。金にものを言わせ、いつも威張り散らしていたらしい。だが、いちばん引っかかったのは、彼がその名前を付けられた経緯だった。
どうやら大叔父が「本家の長男にふさわしい」と無理やり押し通した名前だったのだ。そして、それは大叔父が雇った占い師が「運気が向く名前」だと強引に進めたものでもあったとか。
そのころから家の状況は、まるでその大叔父に吸い取られるように、どんどん貧しくなっていった。そんな時、嘉兵衛がやってしまった。裏山の社を火遊びで焼き払ってしまったのだ。
そこは、一族の守り神が祀られた大切な場所で、親族中から非難の声が上がった。しかし大叔父は薄笑いを浮かべて「大丈夫だ、嘉兵衛は守られている」とだけ言った。
その夜、彼は突然高熱を出して床に伏せることになる。医者にも原因がわからず、病弱だったこともあって、家族は最悪の事態を覚悟したそうだ。
そして絶望の中、絶縁状態だった母の実家に頼るしかなかった。母が連絡をすると、祖父が馴染みの霊能者を伴い駆けつけてきたという。
家に到着した祖父とその霊能者が家に入ると、彼の寝床を見て言ったそうだ。
「なんだこれは、人形ではないか。本物の孫はどこにいるんだ?」
母が「そこに寝ているのがあなたの孫だ」と言っても、二人は首をひねるばかり。すると霊能者が室内を見回し、やおらこう言ったのだ。
「この家は何者かに運気を吸われているぞ。このままだとここにいる者の命が削られる」
そう言って神棚から榊を取り出し、家中に置いて回った。すると今度は、祖父にも彼の姿が見えるようになったらしい。
祖父は激昂し「嘉衛門が生気を奪われておるではないか!」と叫び、あわてて結界を張り、塩を撒いて彼を囲んだ。
すると驚くほどの速さで彼は快方に向かい、夜が明ける頃には命の危機を脱していた。しかしその直後、今度は大叔父が慌てて駆けつけ、「嘉兵衛が血を吐いて倒れた!」とわめく。家中が凍りついたという。
霊能者が一拍置いて言ったそうだ。
「お前たち、嘉衛門の運気を盗み、身代わりにしようとしたな?」
大叔父は観念し、長男に家の運を取り戻そうと嘉兵衛の名前をつけ、社を焼いて運気を完全に吸い上げる計画だったことを白状した。
嘉兵衛はその後、うわ言で「熱い、熱い」と呻き続け、やがて命を落としたという。大叔父は結局一族から絶縁され、財産だけは守ったが、いまでも一族からの信用はない。
彼の家は持ち直し、今もその土地を守っている。だが、彼が大叔父を警戒する理由は今も変わらないそうだ。