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短編 r+ ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

誰も拾わなかった視線 rw+8.942-0116

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地元に戻ってきてから、あの道を避けて通るようになった。

通勤路としては近道だし、危険な場所でもない。それでも、あそこを通るたびに、胸の奥がじわじわと締めつけられる感覚がある。

国道沿いの林の縁だ。
ガードレールの切れ目に、小さな花束がいくつも置かれている。季節の花が新しく供えられることもあれば、枯れかけたままのものも混じっている。色あせたリボンが風に揺れているのを見ると、誰かがそこに立っているような錯覚を起こす。

彼女のことを、俺はよく知らない。
名前も、顔も、はっきりとは思い出せない。ただ、彼女の親友と俺が昔からの知り合いで、酒の席で何度か話を聞いた。それだけだ。なのに、声だけは妙に記憶に残っている。直接聞いたことのない声なのに、だ。

彼女は地元の小さな会社で働いていたらしい。
事務職で、目立たず、断らず、頼まれると引き受けてしまうタイプだったという。誰かが残業を押しつければ黙って引き受け、誰もやらない雑用を率先して片づける。親友はそれを「優しい」と言っていた。

ある日、その会社に男が入ってきた。
年は四十代半ば。無口で、人の目を見ない。教育係に指名されたのが彼女だった。

最初の一週間で、男は彼女に結婚の話を持ち出したという。
彼女は断った。
それでも男は引かなかった。冗談だと言い、照れているだけだと言い、いつの間にか「もうそういう関係だ」と周囲に話すようになった。

彼女は誰にも助けを求めなかったわけじゃない。
上司にも、同僚にも、恋人にも話した。でも返ってきたのは笑いだった。「モテるな」「気にしすぎだ」「勘違いじゃないのか」。
それらは、悪意のない言葉として処理された。

やがて彼女は会社を休むようになった。
男は職場で言っていたらしい。「俺が支えてるから大丈夫だ」。それを疑う人間はいなかった。

花が置かれるようになったのは、その少し後だ。
朝の通勤時間帯、林の奥で彼女は見つかった。ニュースは短く、すぐに別の話題に上書きされた。

それから何年も経つ。
花は途切れない。供えているのが誰なのか、誰も知らない。親友は引っ越した。元の会社の人間も、もうほとんど地元にいない。

ある雨の日、信号待ちで車を止めたとき、ふと林のほうを見た。
リボンが一本、妙な位置で揺れていた。風向きに逆らうように、こちらを指している気がした。

その瞬間、はっきりと声がした。
助けて、ではなかった。
責める声でもなかった。

「見てたよね」

次の瞬間、信号が変わり、後ろからクラクションが鳴った。
振り返ると、林にはいつもの花しかなかった。

それでも俺は、あの道を通れない。
花を見るたびに思う。
あれは供養じゃない。
忘れないためでもない。

あそこに置かれているのは、
誰も拾わなかった視線だ。
誰も止めなかった沈黙だ。
そして、今もそこに置きっぱなしにされている。

【了】

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