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中編 民俗

ワラスッコの宿帳 rw+3,176

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中学の頃まで過ごした故郷は、岩手県二戸市金田一という小さな町だった。

山の匂いと湿った土の感触が、今でも鼻の奥にこびりついている。

この町には、昔から妙な宿がある。緑風荘。
表向きは座敷童子の出る宿として知られ、観光雑誌には「泊まれば幸運が訪れる」と女将の笑顔が載っている。だが地元の人間は、少し違う文脈でその名を口にした。

宿の主人は、親父の兄貴の同級生だった。
俺も親父も、昔そこに泊めてもらったことがあるらしい。らしい、というのは、俺にはその夜の記憶が一切ないからだ。親父は確かに「見た」と言ったが、それ以上は語らなかった。冗談めかして笑うくせに、目の奥だけが冷えていた。

親父はその後、異様なほど順調に出世した。一万人以上を動かす立場にまでなり、「努力の結果だ」と言い切る。だが緑風荘の話題になると、決まって話を切り上げた。

俺は違う。
ディーラーとして浮き沈みの激しい人生だ。当たる年は跳ねるが、外れれば底まで落ちる。親父には不良息子と呼ばれている。別に構わない。ただ、俺はあの宿と、この土地に残る話を忘れきれずにいただけだ。

金田一は、かつて陸の孤島だった。
貧しさは人を歪め、子供を商品に変えた。売れる子は外へ出され、売れない子、病や障害を持つ子は家の奥に隠された。あるいは、いなくなった。
河童の話は、白子や奇形の子を川に流した風習の名残だと、親父は低い声で言った。

閉じ込められ、声も奪われたまま死んだ子供たち。
人々はそれを《座敷童子》と呼んだ。
霊となり、優しくしてくれる家を探して彷徨う。遊んでやれば喜び、礼として幸を残す。だが、軽んじたり恐れたりすれば、すべてを持って去る。

信じていなかった。
だが田舎の家には必ず、使われない小さな部屋がある。新築でさえ「ワラスッコ部屋」を作る。おもちゃと絵本を置き、居心地よく整える。来ることを願って。

俺の実家にも、その部屋があった。
古びた木馬、色褪せた布人形。誰も使わないのに、空気だけが妙に温い。夜、廊下を歩くと、その前だけ湿り気を感じた。

「座敷童子が出て行くと、家は傾く」
だが本当は違う。彼らが去るのは、居場所を壊された時だ。残るのは冷え切った空白だけ。

ある夜、帰省中の俺は酒に任せて、その部屋の前に立った。
襖の向こうは闇。耳を澄ますと、ぽとん、と小石を落とすような音。続いて、布が畳を擦る音。小さな足袋の気配。

「……いるのか」

音は止まり、代わりに木馬が、ぎ……ぎ……と軋んだ。
なぜか笑いが出た。怖さより、懐かしさが先に立った。

翌朝、部屋は元のままだった。
ただ、窓辺に小さな手形が残っていた。外は雪。外側に足跡はない。

その年、俺の相場は狂ったように当たった。
買えば上がり、売れば下がる。誰かが正解だけを耳打ちしているようだった。

春先、親父から電話が来た。
「ワラスッコ部屋、壊した」
建て替えの解体中、壁の中から小さな布袋が出たという。中身は、白髪の束だった。

それからだ。
俺は負け続け、借金を重ね、親父は倒れた。長い入院生活が始まった。

数か月後、仕事で北東北を回った。
宿泊先の領収書の控えが、鞄の底から出てきた。

日付は、あの雪の日。
宿名は、緑風荘。

チェックイン欄には、俺の名前だけが書かれていた。

[出典:24 :本当にあった怖い名無し:04/11/11 16:08:47 ID:dvDFd7/u]

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