山で獲物を追うことは、山の内側に踏み込むことと同義だったと、あの猟師は後年になってから口にしたそうだ。
話を聞いた老人によれば、それは昭和の初め頃、まだ銃よりも勘と経験が物を言った時代のことだという。猟師は一人で山に入り、谷を越え、尾根を渡りながら獲物の痕跡を追っていた。足跡の大きさ、折れた枝、擦れた樹皮。それらが示していたのは、相当な大きさの熊だった。
当時、熊の胆は高値で取引された。金になる獲物だ。猟師は足取りを速めた。逃げ場のない深山では、追う者と追われる者の距離は、じわじわと縮まるはずだった。
だが、一日追っても姿は見えない。二日目に入っても同じだった。痕跡はある。新しい。にもかかわらず、獣の気配だけが薄い。まるで山そのものが、足跡だけを残して動いているような感覚だったという。
二日目の夜、猟師は火を焚かなかった。熊に気取られるのを避けるためだ。茂みの奥に身を伏せ、乾いた干し肉をかじりながら夜をやり過ごした。しかし、いくら食べても腹が満たされない。胃の奥が、空気を噛んでいるような感覚だった。
苛立ちと疲労が混じり、猟師は地面に転がるように横になった。そして、思わず独り言を漏らした。
「ああ、干し肉ちょっとじゃ腹の足しにもならん」
その瞬間だった。
「うん、確かに」
低い声が、どこからともなく返ってきた。山鳴りのようでもあり、地の底から響くようでもあった。
「ワシも、お前だけじゃ腹の足しにならん」
猟師は息を止めた。喉が鳴る音さえ、山に吸われそうだった。
「……あっちの方を食うとしようか」
声はそれだけを残し、山に溶けた。猟師は銃に手を伸ばそうとしたが、指が動かなかった。恐怖で身体が固まったのではない。山の中で、動いていいかどうかを判断する主体が、自分から消えていたのだという。
夜が明けるまで、猟師は一歩も動けなかった。
朝日が木々の間から差し込み、ようやく身体の感覚が戻った頃、猟師は帰路についた。来た道を戻れば、里に出られるはずだった。
その途中、茂みの中に熊がいた。
思わず息を呑んだ。追っていた熊だと直感した。銃を構えたが、熊は微動だにしない。呼吸の気配もない。不自然な静けさだった。試しに石を投げると、熊は音もなく崩れ落ちた。
近づいて確認した瞬間、猟師は背筋が凍った。
熊は死んでいた。だが、ただの死骸ではなかった。内臓も肉も失われ、皮だけが形を保っていた。骨すら見当たらない。まるで中身だけを、きれいに抜き取られたようだった。
その場で、昨夜の声が脳裏によみがえった。
「あっちの方を食う」
猟師は振り返らなかった。山の奥がどうなっているのか、考えることすら拒んだ。ただ無我夢中で逃げ帰ったという。
老人は話の最後に、こう付け加えた。
その猟師は、それ以降、山で腹が減ったなどと口にすることは二度となかったそうだ。
[出典:182 :元登山者:2007/04/08(日) 14:25:55 ID:7eNNPn8i0]