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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

川の底で待っている n+

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両親がやっていたのは、古くから続く文具店だった。

地元の小中学校に納品もしていたから、地域の顔役みたいな人たちともうまくやっていた。商売柄か、人の噂話が絶えず耳に入ってくる。隣町の議員が女と駆け落ちしたとか、葬式の席で孫が骨壷をひっくり返したとか、そういう話。

そのなかでも、忘れられないものがひとつある。

誘拐殺人事件。もう時効になってるから、名前を出しても問題ないんだろうけど、やっぱりやめておく。あれは、今でも誰かがどこかで見てる気がする。

事件が起きたのは、俺が小学生のころだった。被害に遭ったのは、幼稚園に通う男の子。歳は五つ。近所でもかわいいと評判だった。薄い茶髪で、目がくりっとしていて、人懐っこい子だった。

ある日突然いなくなった。昼過ぎに姿を見たっていう近所の証言が最後だった。母親が気づいたときには、もうどこにもいなかった。

次の日、遺体が見つかった。近くの川の、底の岩に頭を打ちつけるようにして倒れていたと聞いた。第一発見者は、釣りをしていた中学生だった。足が見えて、近づいたら、全身が紫色に腫れていたっていう。

ニュースでもやっていた。「落とされた」んじゃなくて、「投げつけられた」んだと。そう断定されたのは、遺体にあった異常なまでの打撲のせいだった。

橋がある。異様に高い、鉄筋コンクリートの無骨な橋。その真上から、全力で投げ落とされたんだろう。骨が何本も砕けて、内臓も破裂していたという。

目撃者がいた。白っぽいセダンが、夕暮れ時に橋のたもとから急発進していくのを見た、と。けれど、遠目だったし、ナンバーも見えなかった。冬の夕方、あたりはすでに暗かった。

警察は早い段階で、よそ者の犯行ではないと断定した。理由は、土地柄だった。周囲は見渡す限りの田畑。幹線道路から外れた、生活道路ばかりの土地。知らない人間が走るには不便すぎる場所だった。

それに加えて、子どもの両親が事件の少し前に、千万円の臨時収入を得ていた。土地の売却だとか、株だとか、噂はいろいろだったけど、とにかく突然金を手に入れていた。それが犯行の動機じゃないかと、警察はみていた。

――ここまでは、誰でも知ってる。

けれど俺が聞いたのは、その先の話だ。

うちの店によく来る常連のひとりに、警察関係者がいた。県警に勤めていて、階級もそこそこ上だったらしい。表向きは「道具の買い出し」と言っていたが、実際には、近くの喫茶店でコーヒーを飲んでから、うちの奥の部屋で煙草をふかしながら親父と話すのが目的だったようだ。

ある冬の日、親父がぽろっと漏らした。

「○○さん、あの川の事件、どうなったんだ?」

警察の男は、コーヒーのカップをくるくる回しながら言った。

「……もう時効ですからね、迷宮入りです」

その言い方が妙に軽かったので、親父も食い下がった。

「結局、誰だったんだ? 誰か見当ついてるんだろ」

すると男は、少し笑って、言った。

「まあ……身内でしょうね。親戚か、もっと近いか。関係者の証言が全部おかしいんですよ。時間がずれてるとか、誰がどこにいたかが食い違う。でも、全員が納得してるんです。不思議なほどに、言い切るんですよ、『自分は見ていない』『あの時間は家にいた』って」

「口裏合わせてるってことか?」

「ええ。完璧に」

それで犯人は分かってるのか? と、親父が訊くと、男は黙って首を振った。

「いや……分かってるんでしょうね。多分、みんな知ってる。でも、言わない。言えないんじゃなくて、『出したくない』んですよ。殺人者を。自分たちの家族から」

その瞬間、妙な寒気が走った。

「つまり、身内ってことか?」

「そうです。たぶん、家の中にいた誰かです」

話はそれで終わりだった。警察の男は、そのまま何事もなかったかのように立ち上がって、次の予定があるからと帰っていった。

俺は奥の部屋に隠れていて、全部聞いていた。親父は知ってたはずだ。だけど、何も言わなかった。俺が部屋を出てきたときも、目を合わせなかった。

事件のことを考えると、今でも喉の奥が詰まる。

五歳の子が殺されて、川に投げられた。全力で。叩きつけるように。

その後、あの家族は引っ越した。町からも消えた。噂では、誰かが夜中に泣きながら自首しようとしたけど、家族に止められたという話もある。

真相は、もう誰にも分からない。

でも、橋の上に立つと、今でも妙な感覚に襲われる。欄干の向こうから、目が合うような気がする。夜になると、ときどき夢に出てくる。

白い車の中。後部座席で、子どもが泣いている。後ろを振り向いた誰かが、黙って顔をしかめる。その顔は見えない。けれど、知ってる気がする。思い出そうとすると、喉の奥がひゅっとなる。

あの橋の下、川の底で、ずっと待ってるのかもしれない。

誰がやったのかを、知ってるくせに言わない誰かを。

……だから、俺は話す。誰か、忘れてくれるな。

――あの子の名前は、まだ時効じゃない。

[出典:490 :本当にあった怖い名無し:2005/12/01(木) 10:13:15 ID:pbKOlqiZ0]

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