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非常灯のとき、眼鏡がなかった rw+2,158-0208

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友人の部屋に行くのは、これで三度目だった。

あいつが住んでいるのは築十五年ほどのマンションで、外観は古びているが内装はやけに清潔だ。玄関脇のエレベーターは、奥の壁一面が天井から床まで鏡張りになっている。乗り込むたび、背後にもう一人の自分が立っているような錯覚を覚え、どうにも落ち着かなかった。

夜八時頃に着き、酒とつまみを広げて他愛のない話をした。仕事の愚痴、昔の同級生の噂、ゲームの攻略法。中身のない時間だが、それなりに楽しかった。

酒が回った頃、友人がふと思い出したように言った。
「エレベーターってさ、普通、ドアの方を向いて乗るだろ」
「まあな」
「背中側に鏡があるじゃん。あれ、たまにさ……見られてる気がするんだよ」
笑いながら缶ビールを傾ける。
「よく考えたら、自分が映ってるだけなんだけどさ」

俺は鼻で笑った。
「背中向けてる自分から視線を感じるわけないだろ」
「あはは、だよな」

その場は、それで終わった。

夜十一時過ぎ、廊下は無音だった。
エレベーターを呼び、箱に一人で乗り込む。ドアが閉まる。背後には、例の鏡。

――見られている。

さっき自分で否定したはずの感覚が、首筋にまとわりついた。振り返るのは癪だったので、ポケットから手鏡を取り出し、背中越しに覗く。

映っているのは、自分の背中だけだった。

ほらな、と心の中で呟き、念のため振り返る。
鏡には、眼鏡をかけた自分の顔がある。何もおかしくない。

その瞬間、床が大きく揺れた。
エレベーターが急停止し、蛍光灯が消える。代わりに、裸電球のような非常灯がぼんやり点いた。

箱の中が急に狭くなる。
鏡の中には、非常灯の黄色い光に照らされた顔が映っている。

違和感は、はっきりしていた。

その顔には、眼鏡がなかった。

確認しようとした瞬間、蛍光灯が戻り、エレベーターは何事もなかったように動き出した。視線を逸らした隙に、階数表示が一階を示す。ドアが開き、外の空気が流れ込んだ。

駐車場へ向かいながら、胸の鼓動が収まらない。
車に乗り込み、ハンドルを握ったところで、ふと気づく。

眼鏡が邪魔だ。

外そうとして初めて、自分が眼鏡をかけていることに気づいた。
いつから、かけていた。

帰宅してからも、あの非常灯の光が頭から離れなかった。
鏡に映っていたのは、確かに自分の顔だった。
ただ一つ違ったのは、眼鏡だけだ。

翌日、我慢できずに友人のマンションを再び訪ねた。理由を聞かれても、うまく説明できなかった。エレベーターの前に立ち、奥の鏡へ近づく。

手を伸ばす。

ひんやりしたガラスの感触ではなかった。
微かに、体温のような温もりがあった。

思わず手を引くと、指先に、触れた感触が残っている。
友人は「何してんだよ」と笑ったが、その笑顔を見て、胸がざわついた。

眼鏡をかけているのは、友人のほうだった。

それから一週間後、友人は急に引っ越した。理由は言わなかった。ただ「もう、あのエレベーターは無理だ」とだけ告げてきた。

今でも、深夜にエレベーターを待っていると、背後に気配を感じる。
鏡はない。だが、確かに誰かが立っている。

そのたび、無意識に眼鏡に手を伸ばす。
そこにあるのが、本当に自分のものかを確かめるために。

[出典:609 :本当にあった怖い名無し:2007/07/25(水) 23:35:10 ID:sFXapSjt0]

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