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短編 r+ 洒落にならない怖い話

納屋の口 r+7,654

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二十年以上前のことになる。

今でもはっきりと覚えているのに、夢の中の出来事みたいに、記憶の輪郭がぐにゃりと歪んでいる。

私の実家は、山に抱かれるようにして建つ古い集落の外れにあった。舗装の途切れる細道を抜けた先、田んぼと桑畑の中にぽつんと点在する家々。夜ともなれば街灯などひとつもなく、虫の声と闇とがすべてを覆い尽くすような土地だ。テレビの音すら聞こえないほど静かなのに、耳を澄ますと、山の奥から何かこちらをうかがっている気配だけがひそひそと忍び寄ってくる。子どもだった私は、それを当然の空気のように吸い込んで育った。

夏休み、小学二年の頃だった。隣家のじいさんのところへ、都会から孫が二人遊びに来ていた。年齢は少し上と下。私とはほとんど接点がなく、ラジオ体操のときに並んでカードへハンコをもらうくらいだった。
都会っ子らしい清潔な格好をしていて、私にとっては少し異物のような存在だった。だからか、彼らがある朝、不思議なことを口走ったときも、最初は冗談だろうと思った。

その日、体操が終わると二人は私の家の納屋から出てきて、にやにやしながらこう言ったのだ。
「トンネルを抜けたらここだった」
二人の目は冗談めいてはいたけれど、声の震えには妙な切実さがあった。

私の家の納屋は古く、土壁はひび割れ、梁には煤がこびりついていた。奥には錆びた農具や、使われなくなった木箱が積まれているだけで、子どもの隠れ家にはなるが、トンネルのようなものは存在しない。だから私は鼻で笑った。
「そんなの、あるわけないじゃん」
けれど彼らは、土埃で白くなったズボンをぱんぱんと叩きながら、確かに奥に暗い穴があって、そこを通ると見知らぬ場所に出たのだと主張した。

私の祖父も最初は笑っていた。だが隣のじいさんと目を合わせると、急に顔つきが硬くなった。二人で納屋に入り込み、しばらくごそごそと何かを確認していた。私たち子どもは外で待たされ、やがて出てきた祖父の顔は険しかった。
「ここにはもう入るな」
低い声でそう言われ、私はそれ以上尋ねることができなかった。祖父の顔には、いつもの温和な色はなく、子ども心に触れてはいけない領域があると悟らされた。

それから夏は過ぎ、孫たちも都会へ帰り、日常は淡々と続いた。納屋のことを口にする大人はいなかったし、私も無理に思い返さなかった。ただ、あの夏以降、納屋の奥は妙に薄暗く感じ、近寄るたび背筋がぞわりとした。

大人になってから、同僚との雑談のなかでこの話をした。すると彼は「2ちゃんねるに似たような話があった」と言った。気になって探してみたが、私が読んだものは断片的で、真相には届かなかった。ただそこには、村落には昔からタブーがあり、子どもがうっかり触れるのを防ぐために“幽霊”や“神隠し”の噂をでっちあげることがある、と書かれていた。

それを読んだとき、胸の奥に沈んでいた疑念がざわついた。祖父たちは、私たち子どもが何かに触れたことを確かに恐れていた。では、その“何か”とはいったい。

――ある夜、夢を見た。
納屋の奥で、木箱をどかすと土の床に黒い口が開いている。そこから冷たい風が吹き上がり、土臭さと血の匂いが混ざったような臭気が漂う。穴の向こうに、裸足の子どもたちがずらりと並んでいた。瞳は虚ろで、口元には笑みが貼り付いている。彼らが一斉に言った。
「トンネルを抜けたらここだった」

目が覚めても、言葉が耳に残っていた。夢だとわかっているのに、まるで現実の延長線上にあるように感じた。

私は帰省した折に、意を決して納屋を覗いた。祖父はもう亡くなっていた。積まれた農具の影に、かつてと同じ木箱が置かれていた。恐る恐る押しのけると、土の床にはただの黒ずみが広がっているだけだった。
けれどしゃがみ込むと、どこからか冷たい風が吹いた気がした。耳の奥で、かすかに笑い声が混じったような風音が響いた。

私はすぐに箱を戻し、納屋を閉めた。心臓が暴れるほど脈打っていた。
「トンネルなんてない」
そう呟いて、自分に言い聞かせた。

けれど今も、ときどき考えてしまう。
あの都会から来た二人の孫は、その後どうなったのだろう。名前すらもう思い出せない。彼らは本当に無事に帰ったのか。あるいは、帰ったのは……“別の何か”だったのか。

祖父があの日、隣のじいさんと交わした無言の視線。あれは単なる心配などではなかった。もっと古く、もっと重い何かを背負った者たちの目だった。

トンネルを抜けたらどこに行くのか。
知りたい気持ちはある。けれど確かめようとは思わない。
なぜなら、その出口が“ここ”かもしれないからだ。

――今、こうしている間も。

[出典:2 :本当にあった怖い名無し:2013/10/20(日) 21:38:28.89 ID:HSAP9tpb0]

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