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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

同じ日に見た nw+209

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大学二年の夏、祖母に頼まれてお盆の支度をしに車を出した。

午後の陽射しは白く濁り、アスファルトの上で揺れていた。信号待ちで窓を少し下げると、刈り残された草の匂いと排気の臭いが混じり合い、肌に薄い膜のようにまとわりついてきた。遠くで蝉が鳴いている。あの夏特有の、時間の流れが鈍くなる感覚があった。

赤信号で止まったとき、横断歩道を渡る人影が視界に入った。見覚えのある歩き方だった。小学校から中学まで同じだったAだ。Tシャツにジーンズ。背丈も体格も、記憶の中とほとんど変わらない。何年も会っていないのに、見間違える余地がなかった。

懐かしさが先に立ち、反射的に名前を呼んだ。声はエンジン音に紛れたが、距離的には届いてもおかしくない。だがAは歩調を緩めず、こちらを一度も見なかった。表情も横顔も、何かに集中しているというより、ただ前だけを向いて進んでいるように見えた。

信号が青に変わり、クラクションを鳴らす車に急かされるようにアクセルを踏んだ。バックミラーに、渡り切ったAの背中が一瞬だけ映った。その姿は人混みの中に溶けるというより、景色の一部として固定されているように見えた。

祖母の家で盆提灯を出し、仏壇を拭き、供え物を並べる作業を終えた頃には、夕方の影が長く伸びていた。帰り道、昼間の出来事を思い返したが、どこか現実味が薄かった。偶然似た人を見ただけだろう。そう結論づけるには、妙に細部まで一致しすぎていた。

夜、地元の友人たちと集まった。久しぶりに顔を合わせる連中もいて、他愛ない近況報告が続いた。酒が一巡した頃、ふと思い出して「今日、Aを見た」と口にした。

その瞬間、場の空気が一段階沈んだ。

「俺もだ」
「俺も見た」

二人、三人と声が重なった。驚いて詳細を聞くと、皆ばらばらの場所だった。駅前の交差点、郊外のコンビニの駐車場、川沿いの土手道。時間帯も完全には一致していない。それでも全員が、同じ日、同じようにAを見たと言った。呼び止めたが反応がなかったことまで共通していた。

偶然だろ、と誰かが言いかけて口をつぐんだ。その言葉を最後まで言える者はいなかった。偶然という言葉が、この話に当てはまらないことを、全員が薄々感じていたからだ。

翌日、昼過ぎになっても胸の奥のざらつきは消えなかった。Aと親しかったBに連絡を取ろうとしたが、電話は繋がらなかった。夕方になって、ようやく短い連絡が入った。内容は断片的で、言葉を選んでいる様子が伝わってきた。

その日の夜、はっきりした知らせが回ってきた。

Aが死んだという。

時刻は前日の朝。場所は町外れ。詳しいことは、誰も多くを語らなかった。ただ、昨日の昼間に私たちが見た時間帯より、ずっと前だった。

通夜の斎場は人で溢れていた。焼香を待つ列の中で、あちこちから同じ話が聞こえてきた。「昨日、見かけた」「声をかけた」「でも気づかなかった」。場所も状況も微妙に違うが、誰もが確信をもって語っていた。

棺の中のAを見たとき、頭の中で何かがずれた。昨日、横断歩道を渡っていた姿と、目の前の姿が、どうしても同一のものとして結びつかなかった。記憶が上書きされることなく、二つの像が並んで存在していた。

焼香を終え、斎場の外に出ると、夜風が妙に冷たかった。駐車場の白線が月明かりに浮かび上がっている。その光景が、昨日の横断歩道と重なった。白い線。進む方向。止まらない歩調。

あのときのAは、急いでいる様子でも、迷っている様子でもなかった。ただ、渡っていただけだった。誰かに見られていることも、呼ばれていることも、最初から前提に含まれていない動作のように。

八月が来るたび、町のあちこちであの日の話が繰り返される。誰がどこで見たか。どんな格好だったか。少しずつ細部は食い違っていくが、同じ日に見たという点だけは変わらない。

墓前に立つと、決まって横断歩道の情景が浮かぶ。信号の色。熱を帯びた空気。遠ざかる背中。手を伸ばせば届きそうな距離だったという感覚だけが、なぜか強く残っている。

あの背中が、どこへ向かって歩いていたのかは、今も分からない。分からないまま、町の夏は何事もなかったように続いている。

[出典:567 :本当にあった怖い名無し:2011/06/19(日) 11:06:18.21 ID:REE+nYc20]

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