ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

長編 r+ 洒落にならない怖い話 定番・名作怖い話

最初から、なかった蓋 rw+7,486

更新日:

Sponsord Link

大学一年の冬、僕は自分の部屋で英語の課題に追われていた。

授業にもそれなりに出て、単位を落とさない程度には真面目にやっていた頃だ。ショボショボした目で辞書の細字を指で追い、甘えてくる子猫の小さな前脚をかわしながら、ようやく最後のイディオムの訳を終えた。テキストを閉じ、目をこする。時計を見ると一時半を回っている。

寝ようと立ち上がったとき、部屋の隅のパソコンが目に入った。ここ数日、ネットに繋いでいなかったことを思い出す。

電源を入れ、習慣で地元の人間が集まるオカルトフォーラムを開いた。本来は西洋オカルトが中心だが、常連同士で雑談や心霊話も多かった。

その夜は、心霊スポットの話題で盛り上がっていた。ログを遡ると、伊丹さんという商科大三年の男性が、突発的なオフ会を提案している。

「隣の市の廃工場の地下に、わけのわからない空間があるらしい」

噂話を仕入れてきたらしく、書き込みは妙に具体的だった。

「だだっ広い地下室の床に血みたいな染みがあって、夜中に行くと、その上に幽霊が立つ」

今から突撃するので参加者募集、とある。だが時刻は深夜で、反応は「無理」「明日なら」というものばかりだった。

三十分ほど前に、「じゃあツレと二人で行ってくる」という伊丹さんの書き込みがあり、それきり反応はない。

「前のご主人様、遊びに行っちゃったみたいだね」

パソコンの前で子猫を抱き上げ、そう話しかけた。白いメス猫で、つい先日、伊丹さんの家から譲り受けたばかりだった。

気にはなったが、そのまま強烈な眠気に負けて眠りに落ちた。

翌日の夜、自宅でぼんやりしているとPHSが鳴った。フォーラム仲間のみかっちさんからだった。テンションが異様に高く、「とにかく来い」とだけ言う。

寒波の夜で外は異常に冷えていた。子猫を残し、厚着をして自転車で向かう。集合場所は、フォーラム管理人で古参の和気さんのアパートだった。普段オフ会に顔を出さない人だ。

ノックすると、すでに中は人の気配があった。

部屋には、みかっちさん、ワサダさん、和気さん、そして伊丹さんがいた。全員顔見知りだが、伊丹さんの様子だけが明らかにおかしい。目の下に濃い隈があり、落ち着きなく貧乏揺すりをしている。僕を見ても、いつもの軽口はなかった。

「じゃ、最初から見るね」

和気さんがビデオデッキを操作した。テレビに砂嵐が走り、映像が始まる。

夜道を懐中電灯で照らしながら歩く映像。伊丹さんと、同行した藤原さんが映っている。道に迷い、鳥の声に怯えながら廃工場へ辿り着く。傾いた扉から中に入り、地下室らしき空間に降りていく。

内部は錆びたドラム缶や破袋が散乱していた。床の中央だけが月明かりに照らされ、黒く変色している。奥には金属製の蓋があり、叩いても反応はない。縁を見ると、溶接されている。

「地下に入れるって聞いてたのに」

伊丹さんの声が映像の中で揺れる。その後、工場内を探すが入口は見つからず、映像はそこで終わった。

沈黙が落ちた。

「というわけで、勘違いだったって話」

みかっちさんが軽く言ったが、伊丹さんは納得していない。

「じゃあ、あの電話は何だったんだよ」

伊丹さんは、現地に向かう途中、廃工場内部の状況を電話で説明されたと言う。中には女の声も混じっていたらしい。番号を確認すると、見覚えのない番号だった。

そのとき、京介さんという女性が合流し、再びビデオを見る流れになった。僕は蓋のアップの場面で、縁から伸びる細い黒い線に気づいた。

「……髪の毛だ」

呟いた瞬間、伊丹さんが声を上げた。確かに、溶接部分から髪の毛のようなものが出ている。

「行こう」

京介さんが言った。

結局、京介さん、みかっちさん、伊丹さん、僕の四人で廃工場へ向かうことになった。

深夜の工場は、ビデオで見た通りだった。傾いた扉、黴臭い空気、月明かりに照らされる床。問題の蓋も同じ場所にある。縁からは、確かに髪の毛が伸びていた。ビデオのときより増えている。

「抜いて」

京介さんに言われ、僕は震える手で一本を引いた。毛根がついていた。

その瞬間、伊丹さんの携帯が鳴った。着信音は、蓋の下から聞こえた。

全員が硬直する。

次の瞬間、天井で金属が擦れるような音がした。見上げると、穴が、ほんのわずかに小さくなっていた。

「出るよ」

京介さんが低く言い、全員で工場を飛び出した。

車に戻ると、京介さんは伊丹さんの携帯を取り上げ、登録されていた名前を削除した。

「知らない名前だろ」

伊丹さんは何度も首を振っていた。

その夜、誰もこの件について語らなかった。

翌朝、僕はオカルト道の師匠に話をした。師匠は黙って聞き、最後にこう言った。

「……そこ、開けた覚えがあるんだがな」

それ以上、何も教えてくれなかった。

数日後、師匠に問いただしたが、廃工場に行った痕跡自体が見つからなかったという。

最初から、そんな蓋は、なかったらしい。

(了)

Sponsored Link

Sponsored Link

-長編, r+, 洒落にならない怖い話, 定番・名作怖い話
-

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2025 All Rights Reserved.