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治ったのは誰だったのか rw+6,552

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落人の伝説は日本各地に残っている。

源義経の名が最も知られているが、私が住む四国の沿岸部にも、別の落人譚がひっそりと語り継がれている。

この土地では、壇ノ浦で海に沈んだとされる幼少の天皇が実は生き延び、この地に立ち寄ったのち、さらに南を目指して去っていったとされている。史実としての裏付けはない。ただ、その一行が残したとされる「物」だけが、今も一つの寺に残っている。

菩提寺に伝わる古い経文だ。

巻物は酷く傷んでいるが、虫食いとは明らかに異なる四角い穴が無数に空いている。破れではない。切り取られた跡だと、一目で分かる。

この経文には、かつて「癒しの文字」の信仰があったという。病人を抱えた家の者が寺を訪れ、住職が経文から一文字だけを切り取り、それを病人に飲ませる。念仏を唱えながら文字を飲み下すことで、病が軽くなると信じられていた。

医者も薬も乏しい時代のことだ。効いた者も、効かなかった者もいたのだろう。それでも噂は残り、経文は削られ続け、今の姿になった。

ただし、切ってはならない文字があった。

経文の末尾に記された、天皇の名の二文字。その部分だけは決して切り取ってはならない。そう言い伝えられてきた。

理由は分からない。罰が当たる、祟られる、そういう曖昧な言葉だけが残っている。

江戸の初め頃と伝わる話がある。

海辺で暮らす漁師の家に、病人が出た。高齢の母だった。漁師は寺を訪れ、住職に頼み、いつも通り経文の一文字を切ってもらった。母に飲ませたが、病は良くならなかった。

日を追うごとに母は衰弱し、もはや助からぬと誰の目にも明らかになった。

漁師は迷った末、禁忌に手を伸ばした。

夜、寺の庫裏に忍び込み、経文から例の二文字を切り取ったという。戻る途中、胸の内にあったのは恐怖よりも、これで助かるかもしれないという期待だった。

母にその文字を飲ませると、翌日から様子が変わった。

息が整い、目に力が戻った。声も出るようになった。漁師は心底安堵し、母を納戸に寝かせ、静かに休ませた。

その夜、漁師は水音で目を覚ました。

「ばしゃん、ばしゃん」

波打ち際の音に似ている。だが、家は海から離れている。音は、確かに納戸の方から聞こえていた。

不安に駆られ、漁師は灯りを持たずに納戸へ向かった。むしろをそっとめくった瞬間、足元に冷たい感触が広がった。

床が、水に濡れている。

見慣れた納戸の中央で、白いものがゆっくりと蠢いていた。大きさは人よりはるかに大きい。形は定まらず、触手のようなものが絡まり合っている。

それが何か、漁師には分からなかった。

ただ一つ、奇妙に思ったことがある。

そこに、人の姿はなかった。

白いものは、微かな光に反応したのか、突然激しく動き出した。水音を立て、漁師を押しのけるようにして外へ向かい、そのまま闇の中へ消えた。

翌朝、母はどこにもいなかった。

納戸にも、家の中にも、海辺にも、痕跡はなかった。村人を集めて探したが、見つかったのは濡れた床と、引きずられたような跡だけだった。

母が回復していたという証言と、姿を消したという事実だけが残った。

経文の禁忌の二文字は、その後戻されることはなかったという。

今もその経文には、切り取られた空白が残っている。あの夜、治ったのが母だったのか、それとも別の何かだったのか。それを確かめる術は、もうない。

(了)

[出典:2013/07/20(土) NY:AN:NY.AN ID:LwnWxGOH0]

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