短編 洒落にならない怖い話

エスカレーターに乗っている母娘【ゆっくり朗読】4500

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とある、ヨーロッパの国に留学してた時の話。

まぁ言葉もままなら無い頃、よく日本人の友達を家に呼んで飲んでたんだが。

俺の家は屋根裏で、大き目の丸窓から地下鉄の出口が見える。

エスカレーターだけでモロに出口専用なのだが、怖いのは、たまに夜中過ぎに意味もなく動き始めること。

夜中なもんだから車どおりもなく、音が良く響いて「ブーン」ってなるんだが、これが怖い。

たまに丸窓から覗いて確かめるんだが、これが誰もいない。

まぁそんなことがたまに起こる程度だった。

ところがある週末、いつものように友達を呼んで飲もうと思い、一番仲の良い 画学生に連絡をした。

今ちょうど別の友達と飲んでたらしく、家に来るとのこと。

一時間ほどして、そいつが来たわけだが、連れはなんと可愛い女の子。

同じ学校で唯一の日本人で、俺は羨ましいと思ったのを良く覚えている。

で、その3人で飲み始め、芸術や最近のこの町のことを語ったりしてた。(俺は美術史の学生だった)

12時を過ぎ終電が無くなり、治安もあまり良くない場所なので、いつものように「泊まってけ」と言って、また再び飲みだした。

丸窓の傍でタバコを吸っている俺の友達が、「エスカレーター動いてるぜ」と。

時計を見たら2時過ぎ。

またかと思い、「たまにあんだよ」と説明した。

するとつれの女の子が興味をもったらしく、「どれどれ」とその丸窓を覗いていた。

「本当だ」と、なんだかはしゃいでいた。

俺は俺で酒を飲みながら、「独りでそれがあると怖い」だのと、あーでもない、こーでもないと話していた。

実はその娘が気に入りだしてたわけだが。

しばらく覗いている彼女が、ふと「誰かいるよ」と言って俺を呼んだ。

「まさかぁ」

酔っ払いかなんかだろうと、隣から覗くと誰もいない。

「いないじゃん」

そういって彼女を見ると、「いないねぇ」と。

俺の友達も「誰もいるわけ無い」と言って、タバコをふかしていた。

俺はトイレに行き、友達はタバコを吸い終わり、部屋で飲み始めた。

ところが、ずーっと覗いている彼女が、いきなり「あっ!」と小さく叫んだから、二人ともびっくりして「どうしたん?」と聞くと、「二人出てきたよ。お母さんと子供かな」

んな馬鹿なと思い、覗いてみるがやっぱりいない。

「いねーじゃんか」

「そういう冗談好きなのか?」

「こえーから止めてくれ」

だの散々愚痴った挙句、俺は眠くなったのでそのまま寝てしまった。

翌朝(むしろ昼近くだった)起きると、俺の友達は眠りこけてたが、彼女がいない。

まぁ始発か朝方にでも帰ったのだろうと思い、気にはかけなかった。

が、別の意味で気にはなってたので、その夜電話した。

電話して、昨日どうしたのか聞いてみると、『寝れなかったから朝方早めに帰った』とのこと。

やっぱそうかぃと思い、どうでもいいような事を一通り話し、なんとなく今度二人で遊ぼうと約束した。

電話を切ろうとした時、『エスカレーターさ』と話してきた。

なんであんなエスカレーターの話を引っ張るのか?

その時は不思議で仕方なかったが、「今日も動くかもなぁ」と冗談交じりで話すと、

『今度動いても、あまり覗かないほうがいいよ。見付かるよ』

と、彼女が低い声で言った。

あまりに低い声で言うものだったから、その時は「マジで俺はびびりだから、そういうのは止めてくれ」と、ちょっと本気で頼んだことを覚えている。

で、それから3日後、二人で会うようになり、その日は彼女の家にお邪魔した。

彼女は料理がまったく出来ないが俺は料理が出来るので、夕食を用意して二人で乾杯をした。

それ以来、俺は彼女と付き合うようになった。

俺の画学生の友達は偉く無関心で、「あっそ、おめでと」ぐらいしか言わず、それからもよく家に来て飲んでたのを覚えている。

ところが、その交際も実はあまり続かなかった。

付き合い始めたのが、ちょうど今頃1月か2月だったから、半年程度。

理由は、いきなり彼女が日本に帰国したからだ。

帰る間際には相当痩せこけていたのを覚えている。

その時は「やっぱり俺がいても寂しかったのかなぁ」と、あぁでもないこうでもないと、俺を捨てて帰国した理由を考えていた。

帰国前の二週間ほどは、殆ど会ってもらえなかった。

おかげで別れもろくに言えず、今もちと引きずっている。

ただ余りに逃げるように帰ったので、俺は相当荒れた。

まぁその画学生の友達と、「女なんかどうでもいい」だの、「あんな身勝手な奴だと思わなかった」だの、愚痴りまくっていた。

友達は殆どうなずくだけで、あまり何も言わなかったのを覚えている。

それから半年して、ちょうど一昨年の今頃、それから別の国のアート学校にさらに留学した、その友人からメールが来た。

『彼女が入院した』

なんでも、怪我とかじゃなくて精神的なものらしい。

たしかに付き合ってた頃も結構不思議な子で、金縛りや、独り言は日常茶飯事で、年中うなされたり、ひどいと叫んだりしてたのは覚えていた。

ただそこまで酷いとは思っていなかったので、かなりショックを受けた。

その時は、日本に帰って様子だけでも見に行くべきかと思ったが、悲しいもので、学校の単位的にも金銭的にも、日本に帰ることは出来なかった。

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それから半年して

夏休みに一時帰国することがあったので、そのついでに彼女の実家の広島まで行ってみた。(俺は東京なので、交通費がかなりきつかった)

住所を頼りに実家を訪問した。どうも様子がおかしいなと、彼女の実家の前で思ったことを覚えている。

と言うのも、なんて説明したらいいか分からんが、なんか色がくすんでた気がした。

インターホンを鳴らすと、彼女の母親が出てきた。

俺を一目見ると、「あなた、吉村さん!」と、ほぼ叫んでた。

いきなり叫ばれたのでびびったが、やっぱりその時も変だと思った。

家に入れてもらい居間に通され、彼女の容態を聞こうと思ったとき、愕然とした。

仏壇に彼女の大きな写真が、そして線香が焚かれていた。

俺はマジで混乱して、どういうことか把握できなかったから、「どうしたんですか!」と叫んだ。

叫んですぐさま思ったのは、自殺したんだろう。

案の定、入院先から逃げ出し街まで出て、とある雑居ビルから飛び降りたらしい。

その時のことは、正直俺も記憶が今でもあやふやだ。

ショックだったし、なにより、やり直すつもりでそれなりの覚悟をしてたからだ。

理由を彼女の母親に尋ねるも、病院に入院していたこともあり、精神的なものだとしか聞かされなかった。

結局、ひも限られていて、墓参りをした次の日には東京に戻り、その一週間後にはまた自分の留学先に戻った。

留学先の自分の屋根裏のアパートに戻ると、手紙が届いていた。

なんと彼女からだった。正直、生まれて一番びびったかもしれない。

封筒を開けると、酷いものだった。錯乱していた。

辛うじて内容はつかめたが、本当に荒れた字だった。

《わたしはしぬ あれからずっとおいまわされてる げんじつにもゆめにもずっと あのおとと あのふたりがついてくる》

読める範囲で理解できた言葉はそれだけだった。

ただ、デッサンが同封されており、なんてことは無い、俺のアパートの丸窓だった。

俺はあまり泣かないほうだが、この時ばかりは泣いた。

15年ほど前にオヤジが死んだときも泣いたが、それ以上に泣いた。

それを機に、急遽帰国して今に至るわけだが。

帰国する前に、他国へ留学した画学生の国に遊びに行った。

相変わらず飄々としていたが、起こったことをすべて話すと、

「黙っていたことがある」

といって語り始めた。

なんでも、彼女が俺の家に初めて来て以来、ずっと変な親子に付きまとわれていたと言うこと。

なんとなくは予想していたが、当時は本当にそんなことがあるとは思いもしなかった。

思えば、付き合った半年、後にも先にも彼女はその一度しか家に泊まっていなかった。

俺にそれを黙っていたのは彼女の思いやりらしく、その画学生の友人も約束を守り続けていたらしい。

そしてそれを聞かされたあと、俺は留学を取りやめ、完全帰国することを打ち明けた。

すると、

「実はもう一つ黙っていたことがある」といい、

「俺も見たんだ、実は」

……そう続けた。

「彼女の言っていた母親と子供を見た」

そうも言った。

いきなり言われたもんだから、信じれなかったが、

「俺もそれ以来ずっと付きまとわれている。それから、あのエスカレーターのブーンとか言う変な音も」

そう言うと、いきなり怖い顔して俺にこう言った。

「日本に帰るまで、どんなことがあってもあのエスカレーターに近寄るな」

帰国のための荷物を手っ取り早くまとめ、飛行機のチケットを手配し、逃げるようにして日本に帰ってくるわけだが、帰る前に、彼女との思い出の場所やらなんやらを一通り巡った。

その国での最後の夜に、ちょうど2時過ぎ頃、彼女が丸窓を覗いた頃、エスカレーターがブーンと鳴り始めた。

友人の忠告も無視して俺は覗いた。しかもずっと、そのエスカレーターが止まるまで見続けた。

なにもない。なにもいない。

……この話は、ここで終わる。

俺は幸いその親子に 付き纏われずに日本に戻り、普通に仕事をして暮らしている。

ただ、この話には、一つだけ今でも俺を悩ませている事がある。

それは、実家に着くと俺宛に届いた、画学生の友人からの一通の手紙である。

そこには、今から自殺すると言うこと、探さなくて構わないということ、そして……

俺が彼女と付き合っている間に、彼女を犯したらしい。

そして、それ以来、段々と彼女がおかしくなったと言うことが書かれていた。

それを読んだとき、俺は彼女が俺宛に遺した手紙を引っ張り出した。

最後のどうしても読めなかった一文を、やっとその時読むことが出来た。

『こめんなさい、本当にごめんなさい』

(了)

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