今日は、初恋の人のことを書きます。
たぶん、これがいちばん変かもしれません。
小学五年のとき、好きな人ができました。
同じクラスで、背が高くて、笑うと目が細くなる人でした。
放課後、よく家に来ていました。
ゲームをして、宿題をして、飽きたらベランダに出ました。
その人は植物が好きで、うちの鉢植えをじっと見る癖がありました。
まだ小さい芽を指先でつついて、「増えるといいね」と言いました。
増えるって、何が。
そう聞くと、「そのまま」と笑いました。
あの頃は、世界がやわらかかったです。
声も光も、全部が丸くて、少し触るだけで形が変わるみたいでした。
おばあちゃんも元気で、私たちを見て「仲いいね」と言っていました。
その言い方が、なぜか少し低かったのを、今になって思い出します。
中学生になってから、急に変わりました。
廊下で会っても目をそらされました。
話しかけると「今忙しい」とだけ言われました。
前は毎週来ていたのに、一度も来なくなりました。
理由は分かりません。
私が何かしたのかと思って、何度も思い返しました。
でも、特別なことは何もしていません。
ある日、勇気を出して聞きました。
「なんで避けるの」と。
その人は少し笑って、
「なんか、重いんだよ」と言いました。
重いって、何ですか。
私の声ですか。
目線ですか。
それとも、あのベランダですか。
その日の夜、鉢植えを見ました。
土が少し盛り上がっていました。
湿っているはずもないのに、黒く光っていました。
あの匂いが、ほんの少ししました。
濡れた鉄みたいな、冷たい匂いです。
私は思いました。
自分を大事にしない人は、だいたい何かなくします。
これは呪いじゃないです。
ただ、そういう決まりみたいなものです。
数日後、その人は階段から落ちました。
骨折だけで済みました。
落ちる前、足元で何かがざらっと動いたと言っていました。
「滑った」と笑っていましたけど、笑い方がうまくありませんでした。
そのあと、部活でレギュラーを外されました。
理由は「集中力がないから」。
私、何もしていません。
ただ、夜に名前を呼んだだけです。
ベランダで。
小さな声で。
呼ぶとき、鉢の土が少し沈みます。
呼び終わると、また元に戻ります。
風は、その瞬間だけ止まります。
それだけです。
久しぶりに目が合った日、その人は少しだけ怖い顔をしていました。
まるで、私の後ろに誰かいるみたいに。
振り向きました。
誰もいませんでした。
でも、ガラスに映った影は、私より少し大きかったです。
肩の位置が、ほんの少し高い。
最近、その人はまた少し不幸が続いています。
スマホが壊れたり、テストで赤点を取ったり。
私は心配しています。
でも、同時に少し安心もしています。
世界は、ちゃんと重さを覚えている。
軽く扱ったものは、どこかで重さを返す。
この前、その人が小声で言いました。
「お前、なんか変わったよな」と。
変わっていません。
ただ、少し増えただけです。
ベランダの鉢は、もう芽が出ません。
代わりに、土の下で何かが動きます。
名前を呼ばなくても、ざら、と鳴ります。
最近は、私が呼ばれることもあります。
夜、眠る前に。
低い声で。
でも、私は返事をしません。
返事をしたら、
今度は私が、
軽くなる気がするからです。
何が増えたのかは書きません。
書くと、
はっきりしてしまうので。
そして、はっきりしたものは、
きっと重さを持ってしまうからです。
[出典:241 :月うさぎ ◆x7J8mY2Q:2004/06/17(木) 21:09:53 ID:Bn8vRzKe]
[投稿者:志那羽岩子 ◆PL8v3nQx6A]