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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

呼ばれていない席 n+

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今でも、あの夜の匂いを思い出す。

焼き鳥の焦げた脂、タレの甘さ、汗を吸い込んだ畳のにおい。
鼻の奥に、それらがまだじっと残っている。
大学の仲間と久しぶりに会おうという話になったのは、年明けすぐだった。
社会人二年目、仕事にも慣れて少し気が抜けてきた頃だ。
私、B、C、そしてA。
四人で集まるのは、本当に久しぶりだった。

駅前の小さな居酒屋。古い赤提灯が半分切れて、風に鳴っていた。
扉を開けると、古いエアコンの唸り音と、煮込みの匂い。
外の冷たい空気と混ざり合って、温度の境目が妙に肌にまとわりつく。
「久しぶり!」
「会社の上司がマジでうざくてさ!」
「うちの職場、彼氏候補ゼロなんだけど!」
そんな他愛のない話に、みんな笑っていた。
けれどAだけは、少し違っていた。

最初に気づいたのは、彼女の指先の冷たさだった。
乾杯のとき、グラスが触れ合った瞬間、氷のようだった。
笑っていない。というより、笑い方を思い出そうとしているような表情。
「A、元気だった?」と聞くと、
一瞬だけ目を見開いて、「……うん」と短く答えた。
その声は、まるで遠くの部屋から聞こえてくるみたいに遅れて響いた。
私は軽く背中を伸ばした。
胸の奥がざわつく。

それでも時間が経つにつれて、Aも少しずつ口を開くようになった。
乾杯を重ねるうちに、少しずつ声が戻ってきた気がしていた。
笑うと、頬にわずかに色が差す。
ああ、やっと元のAだ、と私は思った。
その頃には、違和感を忘れかけていた。
グラスの縁に残る口紅の跡、手羽先をつまむ指、テーブルを照らす橙色の灯り。
全部が「現実」に見えていた。

終電が近づき、会計を済ませる。

酔いの余韻を残したまま外へ出ると、夜風が頬を刺した。
少し湿った風で、遠くの信号機が滲んで見える。
「また近いうちに集まろうね!」
「次はBの家で宅飲みしよ!」
そんなやりとりをしている途中で、Aがふと立ち止まった。
「……あれ?」
その声に振り返ると、彼女の顔が街灯の下で青白く光っていた。

「どうしたの?」
そう聞くと、Aは小さく首を傾げて、
「……私、この飲み会に呼ばれてた?」と言った。
一瞬、冗談かと思って笑った。
けれどAは笑わなかった。
BとCも、顔を見合わせて黙る。
「何言ってんの? Aが日程決めたじゃん」
「そうそう、『行く!』って一番最初に言ってたよ?」
そう言いながら、私はスマホを開いた。
確かにAの名前が、グループLINEの中にある。

Aは震える指でポケットからスマホを取り出した。
画面を見せられて、息が止まった。
そこには、Aの発言は一つもない。
そもそも、Aはそのグループに参加していなかった。
BもCも慌てて確認したが、私たちの履歴には確かにAがいた。
「行く!」「楽しみ!」
当たり前のように、Aはそこにいたはずだった。
Aの唇が小刻みに震え、
「……おかしい。私……死んでるはずなのに……」
その言葉は、夜気よりも冷たく肌を撫でた。

私は笑うことも、息をすることもできなかった。
酔っているわけじゃない。Aの目はあまりにも澄んでいた。
Cが手を伸ばしたけれど、Aの肩に触れる前に止めた。
Aはゆっくりと後ずさりしながら、「やっぱりおかしい」と言い、
無人の路地へふらりと歩き出した。
彼女の靴音が、アスファルトの上で乾いた音を立てる。
どこまでも冷たい音だった。
私は声を出せなかった。BもCも、同じだった。
Aはそのまま、夜の闇に溶けていった。

翌朝、スマホの通知音で目が覚めた。

Bからのメッセージだった。
「ニュース見た?」
Aが、昨日の朝、自宅のマンションから飛び降りて死んでいた。
警察の発表では、死亡推定時刻は夕方。
私たちがAと飲んでいた時間には、もうAはいなかったことになる。
指先が震えて、スマホを落とした。
床に落ちたガラスケースの冷たさが、妙に現実的だった。

午後になっても、まだ居酒屋の匂いが鼻の奥に残っていた。
焼き鳥の焦げ、醤油の湯気。
頭の中では、Aの笑い声が何度も再生される。
あのとき確かに、グラスを合わせた。
氷が鳴った。液体が波打った。
あれを幻覚だと片づけるには、感触が生々しすぎる。
LINEのトーク履歴を開くと、Aの発言はもうどこにもなかった。
でも、カメラロールには一枚の写真が残っていた。

四人で撮ったはずの、あの夜の記念写真。
私とBとC、そして——
Aが座っていたはずの席。
その椅子の上には、グラスがひとつ置かれているだけだった。
氷がまだ溶けきっていない。
レンズ越しでも、グラスの中に何かが映り込んでいる気がした。
ぼんやりとした輪郭、笑っているような、泣いているような影。
そのとき、指先に冷たい感触が走った。
スマホが、まるで誰かに掴まれたように動かなかった。

写真の中のグラスが、微かに曇っていた。
まるで息を吹きかけたように。
私はスマホをテーブルに置き、両手で顔を覆った。
視界の奥で、橙色の照明がちらちらと揺れている。
昨日と同じ明るさ。昨日と同じ匂い。
耳の奥では、あの乾杯の音がまだ続いている。
──Aは、いまもどこかの席で、
「呼ばれていない飲み会」に出続けているのかもしれない。

[出典:54 :本当にあった怖い名無し ハンター[Lv.10][新] (ワッチョイ 634c-zKn+):2025/02/09(日) 01:13:07.75ID:W48e1CDX0]

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