放課後の公園に、スーツ姿の男が立っていた。
小学校六年の春先。桜は半分散り、砂場の縁に花びらが溜まっていた。ドッジボールをしていた俺たちは、誰かの「お前に似てる」という声でいっせいに振り向いた。
入口の脇。三十前後の男が、無表情でこちらを見ていた。
顔が、俺だった。
髪の分け目も、目の形も、左頬の小さなホクロまで同じだった。違うのは、着ているのがスーツだということだけ。
男は動かない。ただ、俺の目だけを外さずに立っている。
声をかけてくるでもない。笑いもしない。怒りもしない。ただ、見ている。
友達のざわめきが遠のいた。音が薄くなる。ボールが地面に落ちた音だけがやけに大きく響いた。
目を逸らせなかった。
やがて男は、ゆっくりと踵を返した。出口へ向かう。歩き方まで、見覚えがあった。
その日の夜、母は笑った。「ドッペルゲンガーでも見たんじゃないの」。俺も笑った。そういうことにした。
十年後、俺はスーツを着ていた。
都内の小さな会社で営業をしていた。毎日同じ電車、同じ改札、同じ自販機。変わらない日々の中で、あの公園のことは、いつしか思い出話になっていた。
事故は、通勤途中だった。
バイクで転倒し、二週間意識が戻らなかったらしい。その間、俺はずっと夢を見ていた。
あの公園に立っている。
夕暮れで、ブランコが軋んでいる。砂場では子どもたちがドッジボールをしている。その中に、いた。
小六の俺。
笑って、走って、汗を拭っている。あの日と同じ服だ。
俺は動けなかった。ただ見ていた。
あちらの俺が、ふと顔を上げる。友達と一緒に、こちらを見る。ざわめきが止まる。空気が薄くなる。
視線が絡む。
あのときと、同じだった。
胸の奥がざわつく。「帰らなきゃ」と思う。どこへかはわからない。ただ、ここにいてはいけない気がした。
俺は踵を返し、出口へ向かった。
目が覚めたのは、病院だった。
母が泣いていた。医師が何か説明していた。事故当日、俺はスーツ姿だったという。
十年前、公園に立っていた男も、スーツだった。
俺はそれ以上、考えないことにした。因果だの時間だの、答えはどこにもない。ただ、俺はそこにいた。それだけだ。
それから数年後、居酒屋でこの話をした。
同級生のひとりが言った。
「うちの母さんも、似たようなことがあった」
大学一年の頃、実家の前で中年の男に声をかけられたらしい。家をじっと見ているから不審に思い、「どちら様ですか」と聞いた。男は「すいません」と頭を下げて去った。
顔に見覚えはない。でも、なぜか懐かしかったという。
その男は、のちに結婚する相手――つまり彼の父親に、よく似ていたそうだ。
しかも、その男は耳に小さな機械を当てていた。当時はまだ携帯電話など一般的ではなかった。
俺たちは酒を飲みながら笑った。
笑いながら、同時に、黙った。
もし時間がやわらかいのだとしたら。
もし死にかけた瞬間や、生まれる前のどこかで、境界がほどけるのだとしたら。
あの日、公園に立っていたのは、本当に俺だったのか。
あるいは。
あのとき見ていたのは、小六の俺のほうだったのか。
いまでも、ときどき夢を見る。
夕暮れの公園。砂場の向こうに、スーツ姿の男が立っている。
顔は、まだはっきりしない。
ただ、こちらを見ている。
俺は、目を逸らせない。
[出典:349 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2015/05/29(金) 22:23:32.82 ID:raWmT7VO0.net]