あれは小学校六年の春先、桜がまだ枝に残っていた頃だった。
放課後、近所の公園で友達とドッジボールをしていたんだ。遊具のそばには他の子どもたちもいたし、母親らしき人たちがベンチに座っておしゃべりしていた。いつもと変わらない、陽だまりの午後だった。
誰かが「なあ、あれ……お前に似てね?」と俺の肩を叩いた。指差されたのは、公園の入り口の方。
スーツを着た三十前くらいの男が、無表情のまま立っていた。
ふつうのビジネスマンに見える。でも、顔つきが……どうにも自分にそっくりだった。髪型も、目の形も、頬のつぼみのようなホクロまで。
俺だけじゃない。他の友達もざわざわし始めた。「うわ、マジ似てる……」「お兄ちゃんとかじゃないよな?」
その男、何もせず、ただじっとこちらを見つめていた。手には何も持っておらず、腕をだらりと下げたまま。動きもせず、微動だにしない。
……妙だった。
子ども相手に見惚れる年齢でもないし、親戚なら声をかけてきてもいいはずなのに、ただ見つめてる。それも、俺の目を、ピンポイントで。
一分か、二分か。いや、もっと長く感じたかもしれない。変な汗が出た。
怖い。けど目が離せない。
そんなとき、急に男がふっと踵を返し、公園の外へと去っていった。歩き方までどこか見覚えがあった。
不思議なできごとだった。でもその夜は、家族にその話を冗談めかしてしたっけ。「ドッペルゲンガーでも見たんじゃないの?」と母が笑ってた。俺も笑った。変な日だった。
……それから十年。二十二歳になって、都内の小さな会社で営業の仕事をしていた。毎日同じ電車、同じコンビニ、同じような会議。人生ってこんなもんかと半ばあきらめ気味に生きてた。
ある日、夢を見た。
あの公園に、一人で立っている。
夕暮れ時、ブランコが揺れてる。寂しさとも、懐かしさともつかない感情が胸に沈んでいた。足元にはアスファルトのひび割れ。
ふと顔を上げると、前方の砂場で、子どもたちがドッジボールをしていた。その中に――いたんだ。
小学校六年の俺が。
嘘みたいだろ。どう見ても俺だ。友達とじゃれあって、あのときと同じ服、同じ顔。
俺は……動けなかった。声も出なかった。ただ、見つめていた。
気づいたのか、あちらの俺もこっちを見た。友達数人と一緒に、俺の方をじっと。動きが止まってる。空気が変わった。
……あのときと、同じだった。
急に胸がざわざわしはじめて、どうしようもなく「帰らなきゃ」と思った。立ち去る。歩き出す。踵を返して、出口の方へ。
そこで夢は終わった。
目が覚めたとき、白い天井と消毒薬の匂いに包まれていた。
病院だった。
母の泣き腫らした顔が横にあった。俺は、通勤中にバイクで事故を起こして昏睡状態に陥っていたらしい。二週間。夢の中のあの公園の光景は、昏睡中の出来事だった。
しかも、事故当日、俺はスーツ姿だった。いつもの会社の格好。
……あのとき、小六の俺が見た男。あれは、たぶん、あの日の俺だ。
十年前のあの春、公園にいた自分に会いに――いや、なぜかそこにいた。
じゃあ、あれはなんだったんだ?死の淵に立つと、時空を超えるのか?誰かが呼んだのか?俺が自分を見に行ったのか?
わからない。でも確かに、俺はそこにいた。十年前、あの公園に。
……そんな話を、居酒屋で高校の同級生にしたときだ。
「うちの母さんも、似たようなこと言ってたな」と、そいつが話し始めた。
彼の父親は、四十二で心筋梗塞で亡くなっているという。
彼の母親は、父親と付き合い始めた大学一年のある日、妙な中年男性に声をかけられたそうだ。場所は母の実家の前。
その男は、家の方をじっと見つめていた。不審に思って「どちら様ですか」と聞くと、「すいません、何でもないです」と頭を下げて去っていった。
会話はそれだけだったが、不思議なことがあったという。
顔に見覚えはなかった。でも、なぜか親しみがあった。懐かしいというか、初対面なのに「知っている」と思えたそうだ。
……その男、彼女の未来の夫――つまり、父親にそっくりだったと。
しかもその男、耳にガラケーのようなものを当てていた。だけど、その時代にはまだ携帯電話なんて普及してない。
「母さん、未来のお父さんに会ってたのかもな」
……そう、彼は言った。冗談めかしていたけれど、どこか本気だった。
時間は、案外やわらかいものなのかもしれない。死にかけたとき、あるいは生まれる前の、まだ何者でもないとき。俺たちは境界を超えて、ふたたび誰かに会いに行くのかもしれない。
いや――きっと、行ってしまうのだ。そうせずにはいられない何かが、あるのかもしれない。
……あの日の俺の視線の奥に、そんな寂しさがあった気がする。
そして、子どもの俺の視線の奥にも。
[出典:349 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2015/05/29(金) 22:23:32.82 ID:raWmT7VO0.net]