ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

三つの『ツ』 r+1,739

更新日:

Sponsord Link

三年前の夏だったと思う。腕が日に焼けてヒリついていた記憶がある。

あの頃、就職したばかりの俺は、ただ生きてるだけで手一杯だった。なにかを考える余裕もなく、朝起きて、電車に揺られて、ただ席に座ってるだけで泣きそうになってた。

そんなある日、携帯が鳴った。高校の同級生、Aからだった。

「元気してる?」

懐かしい声だった。ほっとした。

「最近ちょっとしんどくてさ、でも、あるセミナーに行ったら、すごい気が楽になったんだ。自己啓発っぽいやつだけど、全然怪しくないよ」

そう言ってAが勧めてきたセミナーは、聞くだけならまあ悪くなさそうだった。胡散臭いなとは思ったけど、Aは昔から宗教とかオカルトとは無縁のタイプだったし、最悪、社会勉強にはなるかと軽い気持ちで参加することにした。

当日、駅前で待ち合わせてAの車に乗り、一時間ほど走った。山道をぐんぐん登って、舗装もされていない獣道のような細道に入り、やがて車は止まった。そこにあったのはプレハブ小屋。鉄板むき出しで、工事現場みたいな見た目。周囲には何もない。携帯の電波も届かない。

車を降りると、黒いスーツを着た男女が数人、笑顔で迎えてきた。みんな受講者らしく、今日はボランティアで手伝っているらしい。みんな異様に歯が白くて、目だけが笑っていなかった。虫の羽音のような沈黙が支配していた。

逃げ出したかった。だけどAの車でここまで来た以上、徒歩で帰れる場所でもない。

受付の机の前に立たされ、俺の分の参加費をAが支払う。無言のまま眺めていると、ひとりのスーツの男が「新規の方はこちらです」と言って俺をパーテーションの奥に案内した。

そこには、リクライニング式の大きな椅子があった。マッサージチェアをもっと武骨にしたような形状で、横にスピーカーと、家庭用の加湿器が設置されていた。

「脳を活性化する音が流れます。リラックスしてください」

男はそう言い残して、俺をひとりにした。

座るしかなかった。座面は硬くて冷たい。背中にうまく収まらない。さっきからずっと頭の奥がきしんでいた。

数分後、異変が始まった。鼻がむずむずし、唐突にあくびが止まらなくなった。眠いわけでもない。ただただ、延々と口が開いてしまう。あごがガクガク鳴る。目が乾く。唇の端が裂けて、血が滲んだ。

「あの、ちょっと……」

声を上げようとした瞬間、スーツの男たちがパーティションの外から走ってきて、俺の身体を押さえつけた。

「落ち着いてください。まだ終わっていません」

スピーカーから流れていた音が、プツプツ……プツプツ……と途切れた連続音になっていた。頭の芯がねじれるように痛む。何かが脳に直接触れているような、そんな感覚。

逃げようとしても、もう身体が動かなかった。

目の端が痙攣する。胸がうまく上下しない。息が浅い。いや、これは呼吸じゃない。ただ口が開いてるだけだ。喉がひゅうひゅう音を立てる。

……そこで、記憶が途切れた。

次に目が覚めた時、プレハブ小屋の中にいた。だがそこには誰もいなかった。加湿器もパーテーションも受付も、跡形もなく消えていた。室内には、さっきまで座っていたゴツい椅子だけが残っていた。

外を見ると、空が赤かった。朝焼けか夕焼けか分からない。時間の感覚がなくなっていた。

ひどく虚しかった。胸の奥が空洞みたいで、風が通るようだった。怒りよりも悲しさのほうが先にきて、涙が出そうになった。

「……訴えてやる」

気づけばそう呟いていた。証拠を探さなきゃと、辺りを見回した。椅子の足元に、小さなCDケースが落ちていた。真っ白なレーベルに、油性ペンでただ「ツ」とだけ書いてあった。

それを握って、小屋を出た。どうやって山を下り、帰ったのかは覚えていない。ただ、帰宅したときには、手の中にそのCDが残っていた。

その後、数日は何事もなく過ごした。けれどある日、自分の名前のカタカナ表記に違和感を覚えた。名刺を見た。SNSも見た。履歴書も。どれも同じだ。

カタカナの『ツ』の点が、二つしかない。

……あれ?

昔は三つだった。絶対に。俺の名前は三つの点の『ツ』じゃないとおかしい。書き方だって、ずっとそうだった。なのに、今どこを探しても、点は二つしかない。

あの椅子に座ってからだ。たぶん、あの瞬間から、何かがずれている。

Aに電話してみた。だけど繋がったのは、まったく知らないケーキ屋だった。番号は間違っていなかったはずだ。確かにAの名前で登録してあったし、通話履歴にも残っている。

嫌な予感がして、卒業アルバムを引っ張り出した。

Aの顔は、そこにあった。だけど、あのセミナーで会ったAじゃなかった。似ているようで、どこか違う。表情が固い。名前の漢字も、記憶していたものとは微妙に異なっていた。

ぞわっとした。まるで自分だけが、大掛かりなドッキリに巻き込まれているような気分だった。

それからはもう、何を見ても信じられなくなった。会社のロゴが変わっていたり、道順を忘れたり、子供の頃の記憶にあった店が存在していなかったり。

俺だけが、違う世界に来てしまったような……そんな感覚。

誰に言っても、病気扱いされる。でも、違うんだ。俺は知ってる。点が三つの『ツ』は、確かに存在していたんだ。俺の名前の中に、三つの点が確かにあったんだ。

もしもいつか、あの世界に突然戻されたら……その時、俺はどうなるんだろう。

きっと、誰のことも信じられなくなる。

だって俺にとって、ここは仮の世界なんだから。

[出典:59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/25(金) 19:20:16.02 ID:uRfV8Ob00]

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2025 All Rights Reserved.