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短編 r+ 怪談 ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

窓に叩きつけられたもの r+5,373-5,860

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今でもあの夜の匂いを思い出すと、胸の奥がざわつく。

古びた木造校舎の、鶏小屋とウサギ小屋の湿った藁の臭いだ。夏が近づいていたからか、空気は生ぬるく、埃に混じって獣の体温が籠っていた。金網越しにこちらを睨むような赤い鶏の眼と、やけに静かな夕方の校庭。その光景は、子どもだった私の肌にねっとりと貼り付いて離れなくなった。

掃除当番で小屋に入る時、私はいつも息を浅くしていた。吐き出す息が臭いをまとって鼻先に戻ってくるのが嫌だったのだ。潔癖気味の私は、足先で藁をかき回しながら、指先の汗が気持ち悪くて何度もハンカチで拭った。そんな私をからかうように、同じ当番の友人二人が、ある日ふざけて扉を閉めようとした。

全力で押し返した瞬間、羽音が荒々しく舞い込み、鶏が金属の扉に挟まれた。硬質な「ボキッ」という音が耳の奥に残った。目の前で崩れた鶏は痙攣し、赤い冠が泥に擦れて色を変えていった。私は固まったまま、喉が乾いて声も出なかった。

教師は「喧嘩両成敗」と言い放ち、私も友人も反省文を書かされた。だが陰で「お前が殺したんだ」と囁かれるのは私だけだった。下駄箱に紙切れが挟まれていた。「コロシタ」。その一文字が、目の裏に焼き付いた。

数日後、今度はウサギが殺された。彫刻刀やコンパスで刺されていたという。校内は蜂の巣を突いたような騒ぎになり、報道の車が並んだ。いつの間にか「鶏を殺した奴が犯人だ」という噂が広まり、私の名は口にされずとも、廊下の視線が全て突き刺さってくるのを感じた。

放課後、玄関を出るとフラッシュが走った。「鶏を殺したのは君か?」大人の男の声に、体が硬直した。目の前のマイクとレンズ。頭が真っ白になり、私は「死んだのは可哀想だけど、僕はやってない」と震える声で答えた。

夜、ニュースを見て言葉を失った。「悪いと思わないの?」という声に「ごめんなさい。でも僕は悪くないです」とだけ切り取られ、まるで罪を認めたかのように流れていた。母が画面を消した。部屋の暗闇で、自分の声が別人のもののように耳に残った。

翌日から、塀には「悪魔」「コロシヤ」の落書き。電話は鳴っても無言。外に出れば、誰かの目が背中を追ってくる。私は机に突っ伏し、鉛筆を握ったまま授業の声が遠ざかっていくのを感じた。指の節が白く浮かび上がるほど握りしめても、孤独感だけが増した。

夕方、両親が不在の日。玄関のチャイムが鳴った。出なかった。やがて連打に変わり、壁に響いた。息を殺していると、砂利を踏む音が庭を回り込み、窓辺に影が立った。

灰色のトレーナーに太った体。窓越しに目が合った。男の手には袋がぶら下がっており、口から赤黒い液体が滴って畳に小さな染みを作った。男は笑いながら、中から肉片を取り出すと、窓に投げつけ始めた。

ボン……ボン……。ガラスに叩きつけられ、血が流れ、肉が張り付いた。その一片がずり落ちると、次の塊が重なっていく。私は腰が抜けたように座り込み、耳鳴りの中でその音だけが増幅していた。

肉片の中に、小さな頭部が混ざっていた。目がまだ濡れて光り、ガラス越しにこちらを睨んでいた。吐き気が込み上げ、喉を押さえたが声は出なかった。

「おまえがやったんだよォ……おまえがやったんだよォ……」
男の声は低く、囁くようで、それでも確かに耳の奥をこじ開ける。肉が投げられるたび、その言葉が重なっていった。

気づけば私は自分の爪で腕を掻きむしり、血が滲んでいた。男の口元が引き攣り、笑いなのか怒りなのか判別できなかった。時間が止まったように長く、世界がその窓だけに縮んでいった。

——

翌日、風呂場で私は震えていたと母に聞いた。自分では覚えていない。警察は「精神異常者による動物遺棄」として淡々と処理した。ニュースは短く流れ、やがて他の話題にかき消された。

けれど私は今も、夜の路地で背中に影を感じると、あのボン……という音が蘇る。窓ガラスにこびり付く赤黒い染みが、記憶の底でずっと乾かない。

大人になった今も、あの男が刑務所を出ているかもしれないと思うと、胸が凍りつく。もしかしたら、すでに視界の隅に立っているのではないか。そう思った瞬間、誰もいない窓を見つめながら、自分の耳があの囁きを再生していることに気づくのだ。

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