私は二十代後半の女性だ。学歴は高卒で、専門学校も途中で辞めた。
職歴は長いが、どこも長続きしなかった。理由を説明しようとすると、いつも話が長くなる。
最初はコールセンターだった。顧客データの入力ミスが異常に多く、調べてみるとシステムの設計に明らかな欠陥があった。上司に報告したが相手にされず、悔しくて独学でJavaを勉強した。資格を取り、IT企業に転職したが、そこでは毎月百五十時間以上の残業が当たり前で、先輩たちは次々に辞めていった。ある人は「これ以上は体がもたない」と言って、私の机を片付ける間もなく去った。
その後も職場は転々とした。経理を学び、事務職にも就いたが、人間関係がどこか歪んでいた。誰かが必ず誰かを嫌っていて、その視線が最終的に私に集まる。理由は分からない。ただ、そうなる。
最後にたどり着いたのが、地元の小さな工場だった。家族経営に近く、六十八歳の先輩が辞める直前で、引き継ぎはほとんどなかった。給料は二割下がったが、ここなら長く働ける気がしていた。
そこには「姫」と呼ばれる六十六歳の女性事務員がいた。男性社員に囲まれ、いつも穏やかに笑っていたが、私を見ると視線だけが冷えた。それでも営業部の男性三人とは自然に話せた。じゃりさん、植田さん、柳さん。雑談をするだけで、胸の奥が少し軽くなる気がした。
ある日、じゃりさんがぽつりと言った。
「この会社、幽霊が出るんだよ」
冗談だと思ったが、笑い声がすぐに止んだ。じゃりさんの目が、冗談を言う人のそれではなかった。
それからだ。夜、誰もいないはずのロッカーが軋む音がする。廊下を歩く足音が、必ず事務所の前で止まる。背後に人の気配を感じて振り返ると、必ず誰もいない。
決定的だったのは、私と姫だけが事務所にいた日のことだ。入口に人影を感じ、じゃりさんだと思って声をかけた。返事はなく、気配だけが外へ消えた。ドアは一度も開閉していない。姫は何も言わず、ずっと書類を見ていた。
社長が霊媒師を呼んだ。痩せた老人で、黒い袴に白い上衣、数珠を握っていた。部屋に入った瞬間、空気が沈んだ。
「何か怖くない?」
その声を聞いたとき、胸の奥で何かが動いた。
霊媒師は言った。じゃりさんには色情鬼が憑いている。私には力の強い坊さんの霊が憑いている。この土地は悪い気を溜め込みやすく、私がそれを呼び寄せている、と。
過去のことも言い当てられた。進学がうまくいかなかったこと。仕事が長続きしないこと。理由を説明しようとすると、いつも言葉が足りなくなること。
お清めが始まった途端、柳さんが泣き崩れた。霊感の強い家系で、修行すれば霊媒師になれる素質があると言われていた。私はただ座っていた。儀式が終わると、背中の痛みが消えていた。体が軽かった。
数週間後、私はリストラされた。業績不振が理由だが、姫は最後まで私に仕事を回さなかった。駅前の占い師に「次の面接を大事に」と言われ、その通りに転職した。今はプログラミングの仕事をしている。評価もされているらしい。
ただ、最近気づいたことがある。
新しい職場でも、夜になると廊下で足音が止まる。背後に人の気配を感じる。振り返っても誰もいない。
健康診断で、背中のレントゲンを撮った。医師は首を傾げた。
「前から、こうでしたっけ」
モニターには、私の骨格に重なるように、もう一つ細長い影が写っていた。
坊さんの姿に、よく似ていた。
[出典:1: 名も無き被検体774号+ 2014/08/02(土) 00:19:13.64 ID:h3IBLmhC0.net]