ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ カルト宗教

カルト教団から抜け出してきた児童 r+6,141

更新日:

Sponsord Link

私がまだ幼かった頃、両親は、ある新興宗教に深く傾倒していった。

教団の幹部は十人ほど、在宅の信者も含めれば二百人くらいの、決して大きくはない組織だった。

小学校に上がる前まで、父はどこかの商社に勤める普通の会社員だった。しかし、私が小学校に入学する頃には、父は会社を辞め、教団の幹部となり、私たちは家族で教団の宿舎に移り住むことになった。私が小学一年、兄が小学三年の秋のことだった。

宿舎での生活が始まると、学校へ行くことは難しくなった。最初は週に三日ほど通っていたが、小学校の先生たちが教団に対し、毎日通わせるよう働きかけてくれた。皮肉にも、それがきっかけで、私たちは完全に学校から引き離されてしまった。

朝食を終えると、教団の儀式が始まり、その後は教義の勉強会。午後は、内職のような単調な作業や、教団が所有する裏の畑仕事、家畜の世話に明け暮れた。鶏は怖かったけれど、人懐っこいヤギは可愛かったのを覚えている。

父とも母とも、顔を合わせる時間はほとんどなくなっていた。夜、冷たいベッドの中で、兄がこっそりと布団にもぐりこみ、小さな声で算数や漢字を教えてくれる時間だけが、私の救いだった。兄は、私たちが「普通」の世界から取り残されないように、必死だったのだと思う。

そんな生活が一年ほど続いたある日、兄が真剣な顔で私に言った。
「ここにいたら、俺たちダメになる。父さんも母さんも、もう……あっち側に行ってしまった。お前を置いていくわけにはいかない。一緒に来てくれるか?」

その頃には、幼い私にも分かっていた。両親はもう、以前の両親ではないこと。このままここにいれば、二度と学校へは行けず、この教団の中だけで生きていくことになるのだと。

凍えるように寒い明け方、私たちはありったけの服を着込み、息を殺して宿舎を抜け出した。
ひんやりとした土の匂いがする畑を越え、夜露に濡れた林を抜けると、遠くに街の灯りが瞬いているのが見えた。それは、まるで別の世界の光のように思えた。

何度も兄におぶってもらい、小さな手を強く引かれながら、私たちはただひたすらに歩き続けた。顔中に冷たい蜘蛛の巣がまとわりつき、暗闇で鳥が突然羽ばたく音に、心臓が飛び上がりそうになった。それでも、今は弱音を吐いたり、泣いたりしている場合じゃない。子供心に、それだけは理解していた。

線路脇の寂れたバス停で、ほとんど誰も乗っていない始発のバスに乗り込み、私たちは駅へと向かった。バスの窓から見える景色は、まだ薄暗かった。
駅に着くと、兄は駅員さんに何かを尋ねていた。プラットホームで電車を待つ間、追っ手が来ていないか、私たちは何度も何度も後ろを振り返った。心臓の音が、やけに大きく聞こえた。

電車を何本か乗り継ぐ。窓の外の景色が少しずつ見覚えのあるものに変わっていく。途中、兄が何度か公衆電話に駆け寄り、緊張した面持ちで誰かと話していたのを覚えている。

ようやくたどり着いた駅のホームには、見知らぬ数人の大人が私たちを待っていた。その中の一人が、穏やかな声で尋ねた。
「タカシくんと、アキラくんだね?」
私はとっさに兄の後ろに隠れた。兄は、私の手をぎゅっと握りしめ、そして、見たことのないような優しい笑顔で言った。「もう大丈夫だ」と。兄のその笑顔を見たのは、実に一年ぶりのことだった。

大人たちは、兄の小学校の担任だった先生の紹介で来てくれた弁護士さんと、警察の人たちだった。
兄は、大人たちにこれまでの経緯をしっかりと説明していた。「このまま児童施設に行っても、親に親権があるから、また教団に連れ戻される可能性がある。だから、ちゃんとした手続きが必要なんです」と。大人たちは、小学四年生とは思えない兄の言葉に、感心したように頷いていた。

その夜、兄の担任の先生も駆けつけてくれ、私たちと一緒に児童養護施設まで付き添ってくれた。先生の温かい手が、固くなった私の心を少しだけ溶かしてくれた気がした。

それ以来、私たちは両親とも教団とも一切の関係を断ち切って生きてきた。兄も私も、幸いなことに奨学金を得て大学まで卒業することができた。

兄は、夜間大学に通いながら、アルバイトで生活費と学費を稼ぎ、高校生だった私のために毎日お弁当を作ってくれた。受験勉強も、つきっきりで見てくれた。それはもう、滅茶苦茶厳しかったけれど、そのおかげで私は何とか大学に合格できたのだ。

今になって思う。あの夜、小学二年生と四年生の子供だけで、あの暗い山道を越えられたのは、奇跡に近かったのではないかと。顔中にかかる蜘蛛の巣の感触や、闇の中で響く鳥の羽音。あの恐怖は、今でも鮮明に思い出せる。
けれど、あの時の私たちには、泣いている暇なんてなかった。ただ、生き延びなければ、と。兄がいたから、私は前に進むことができたのだ。

(了)

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, カルト宗教
-

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2025 All Rights Reserved.