友人から聞いた話だ。
中学時代からの付き合いで、東京で警察官をしている男がいる。
霊だの怪異だのは信じないタイプで、「警察やってると幽霊より人間の方がよっぽど怖い」とよく言っていた。
そんな彼が、同僚の先輩から聞いたという話を、酒の席で一度だけ語った。
深夜、とあるマンションの警備室から通報が入った。
防犯カメラに、血まみれの人間が映っているという。
映っているのは三階の廊下。
黒髪の長い女が、カメラに背を向けて座り込んでいる。
白いワンピースには、遠目でも分かるほど赤い染みが点々と付いていた。
警備員が現場に向かうと、女はいなかった。
非常階段も、廊下も、誰もいない。
警備室に戻ると、女はまた映っている。
同じ場所、同じ姿勢で。
警備員は二度、三度と確認した。
だが、画面には確かにいるのに、現場にはいない。
そこで警察を呼んだ。
対応した先輩は、警備員と一緒にモニターを見た。
確かに女は映っていた。
二人とも、同じ映像を見ている。
先輩は非常階段から三階に向かった。
警備員は警備室でカメラを見続ける。
非常扉を開け、ライトで廊下を照らす。
誰もいない。
音も、気配もない。
そのまま先輩は階段を降り、警備室に戻った。
戻ると、警備員の顔が青ざめていた。
「見えなかったんですか」
警備員は映像を巻き戻した。
カメラには、先輩がライトを照らした瞬間、女が顔を上げる様子が映っていた。
背中しか見えないはずの位置なのに、女は確かに、先輩を見ていた。
女は立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。
先輩に向かうかと思ったが、向きを変え、階段へ消えていく。
その後を追うように、先輩が階段を降りていくところで映像は終わる。
「……現場には、いなかった」
それ以上、警察にできることはなかった。
警備員には、今後は無視するようにとだけ伝え、先輩は帰ることにした。
玄関を出る直前、入口の防犯カメラが目に入った。
警備室では、今も二人の警備員がモニターを見ているはずだ。
そのレンズに、先輩は映った。
そして、その背後にも。
レンズに反射して、血まみれの女が立っていた。
振り向かなかった。
走らなかった。
ただ、そのまま帰った。
後日、同僚にこの話をしたとき、こんなことを言ったそうだ。
「高い位置のカメラでよかった」
「顔が、はっきり見えなくて済んだから」
(了)