東北地方の山あいにある、小さな村の話だ。
その村では、悪さをする子どもに向かって「天神様の橋を渡らせるぞ」と言うのが決まり文句だった。
天神様の橋とは、村から少し離れた山中に架かる古い吊り橋で、理由は誰も語らないが、普段は決して渡ってはいけないものとされていた。
ただし一年に一度だけ、例外の日があった。
「逆霊祭り」と呼ばれる日だ。
逆霊祭りは、外から見ればお盆に似た行事だった。灯籠を出し、死者を迎え、酒と供物を供える。だが、村の者たちは祭りの中身については決して詳しく話そうとしなかった。
その年、村の男が禁忌を破った。
前年の逆霊祭りで、彼の息子がいなくなっていた。理由は誰も教えてくれなかった。ただ「決まったことだ」と言われ、翌日には閉じられた棺が戻ってきた。中は確認させてもらえなかった。
男は祭りの夜、天神様の橋を渡った。
橋を越え、獣道のような道をしばらく進むと、朽ちかけた神社が現れた。境内の灯籠には火が入り、人の気配はない。男が社に近づこうとしたとき、足音が聞こえた。
社の裏手、森の奥から、数人の人影が現れた。
年齢も性別もまちまちで、着ている服はひどく傷んでいる。彼らは無言で一列になり、社の中へ入っていった。
やがて、中から音が聞こえ始めた。
泣き声。押し合う気配。何かを噛み砕くような湿った音。
男は社の中を覗いた。
そこに何があったのかを、彼は最後まで語らなかった。ただ、床に残った骨と血だけは、確かに見たと言った。
翌朝、男は村へ戻り、何も告げないまま村を出た。
それから何十年も経ってからの話だ。
男は東北を離れ、関東に移り住んだ。新しい土地で、過去の話をすることはほとんどなかったという。
ただ、ある年のこと、近隣で子どもが行方不明になる事件が続いた。新聞にも載ったが、詳しい状況は報じられなかった。後に遺体で見つかった例もあったが、状態がひどすぎて詳細は伏せられたらしい。
警察が男に話を聞きに来たことが一度だけあった。
そのとき、彼は短くこう言ったという。
「……山を越えた先でも、祭りは終わらない」
それ以上、彼は何も話さなかった。
この話は、俺が親父から聞いたもので、親父は会社の同僚から聞いたと言っていた。
その同僚の名前も、出身の村の場所も、もう覚えていない。
(了)
[出典:757 : ◆jRr8h5HXvQ :2003/02/24 01:10]