小四のときの話だ。
夏休み前日というだけで頭が浮いていたところに、近所に「とんでもない廃屋がある」と聞いた。まだ行っていない場所。まだ知らない場所。その二つが揃っただけで、当時の俺たちは簡単に正気を失う。
その日の夕方、集まったのは八人。空がオレンジ色に沈みはじめた頃、廃屋を知っているという友達を先頭に、リュックを引っ張り合いながら森の中へ入った。
正直、最初は拍子抜けだった。
住宅街に隣接した森の奥。四角い、妙に整った家。壊れかけでもなければ、不気味な落書きもない。本当に廃屋なのかと疑うほど、外観は小ぎれいだった。
それでも来てしまった以上、引き返す理由はなかった。
勝手口から入ると、一階は普通の家とは明らかに違っていた。ビーカー、シャーレ、顕微鏡。理科室で見たことのある器具が、無造作に置かれている。さらに異様だったのは、本棚だった。壁一面に本と書類。床にも散乱している。
教えてくれた友達が言った。
「今日はなんで『とんでもない』って言ったと思う?」
指差された本を開いた瞬間、全員の息が止まった。
皮を剥がれた男の写真。
声は出なかった。ページを閉じる音だけがやけに大きく響いた。
俺は、なぜか咄嗟に言っていた。
「……医者の家じゃないか」
そう思いたかったのだと思う。知的な人間。研究のための資料。人を救う側の人間。そのほうが、納得できた。
家の中を見て回るほど、その考えは強くなった。内装も家具も、美しかった。子供でも分かるほど、整えられていた。
だから気づくのが遅れた。
二階へ行く階段がない。
外にもない。内にもない。通路はあるのに、途中で鉄板に塞がれている。
その瞬間から、帰るという選択肢は消えた。
外壁のパイプを伝って屋根へ上がった。二階の窓は、すべて黒塗りの新聞で塞がれていた。一筋の光も通さないように。
窓を開けると、水着の女のポスターが貼られていた。安心した。笑った。
ただ、口元にだけ、ルージュが引かれていた。
中に入ると、二階は完全な闇だった。壁一面の黒塗り。奥へ進むほど、それは減り、代わりに異常なものが増えていく。
グラビアの顔が切り取られ、別の顔が貼られている。下の階で見た、あの写真の顔。
帰ろうとしたとき、誰かが言った。
「……人がいる」
すりガラスの向こうに、下着姿の女たち。懐中電灯を当てると、動かない。
マネキンだった。
だが安心はしなかった。数が多すぎた。下着が、生々しすぎた。
部屋の奥には壊れたテレビと本の山があった。本を開くと、やはり顔がすり替えられている。
そのとき、テレビが点いた。
「今月号だ……」
雑誌の日付を見た瞬間、部屋の奥で何かが動いた。
マネキンの間から、人が出てきた。
笑っていた。
一直線に、俺のほうへ。
幽霊じゃない。人間だ。そう思ったから、逃げられなかった。
「こんにちは」
自分でも驚くほど、普通の声だった。
「可愛いねぇ」
分厚い本を見せられた。人体標本の本。顔が、女の顔に貼り替えられている。
「好き?」
意味の分からない言葉が続いた。
呼ばれて、我に返った。走った。窓から飛び出した。屋根から飛び降りた。
振り向いた瞬間、窓から覗く男の顔に、切り抜いた皮膚のようなものが貼り付いていた。
「好き?」
それだけが、今も耳に残っている。
[出典:241 :本当にあった怖い名無し:2013/10/14(月) 01:17:13.90 ID:AorKY0kW0]